認知症世界の歩き方

 

 

認知症世界の歩き方

ここ認知症世界。
認知症とともに生きる世界では、誰もが色々なハプニングを体験することになります。

お会計までにいくつものハードルがある「カイケイの壁」
人の顔を識別できなくなる「顔無し族の村」
目的地にたどり着けない「ぐるぐるストリート」
あっという間に時間が経つ「トキシラズの砂漠」
腕の進む方向を見失う「服の袖トンネル」

ただし、こうした出来事は認知症かどうかに関わらず、加齢等に伴う認知機能の低下や心身の疲れや不慣れな環境での生活を送る中で、誰もが日常的に体験することであったりもします。
本連載では、そんな認知症のある方が経験する出来事を、「認知症世界」の旅のスケッチと旅行記の形式で、誰もがわかりやすく身近に感じ、少し楽しんで頂ける形式で紹介いたします。

生活11領域・180生活課題

認知症のある方は、いつどこでどんな状況で生活のしづらさを感じているのでしょうか。以下のマップは、認知症のある方へのインタビューであがってきた声を180のキーワード(生活課題)、11の生活領域に整理・分類したものです。

11領域・180生活課題

認知症のある方の日常生活を360度カバーできるように衣(着る)・食(食べる)・住(住む)・金(お金を賄う)・買(買い物をする)・健(心身をケアする)・移(移動する)・交(交際する)・遊(遊ぶ)・学(学ぶ)・働(働く)の11の領域にまとめています。
なお、この180という数はインタビューを重ねるにつれて、新たな発見があった場合は増えていくため、あくまで現時点のものです。本連載では、毎号ごとに180課題のうち1つもしくは複数をテーマとして扱う予定です。

64の心身機能障害

生活11領域180生活課題の背景には、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症などの疾患による心身機能の障害があります。心身機能の障害は、一般的には以下のような中核症状、行動・心理症状と説明されます。

64の心身機能障害

しかし、この症状の分類と表現はあくまで医療者・介護者側の視点が強く、認知症のある方の、心と体にどんなことが起きているのかを理解することは困難です。
そこで、インタビューでは、心身機能のトラブル、不調、誤作動をできるだけご本人の言葉で語って頂き、ご本人の視点から64の障害にまとめました。この64という数も現時点のものとなります。

64の心身機能障害

認知症のある方が、お風呂に入るのを嫌がるというのは、介護者からよく聞かれることです。「介護への抵抗」とときに感じられるかもしれないその方の「お風呂に入りたくない」の背景には、実に色々な理由があるのです。

温度感覚のトラブルで極度に熱く感じる、浴槽に入るとぬるっとした不快な感覚があるという方もおられます。空間認識や身体機能などのトラブルで、服の着脱が困難、その介助を受けたくないという思いをお持ちなのかもしれません。自分の中ではお風呂に入ったばかりだという時間感覚のずれや記憶の取り違えの場合もあります。

このように、お風呂という1つのシーンをとっても、ひとりひとり異なる様々な心身機能の障害、その組み合わせによって困りごとが生じており、このことが周囲から理解されないことも暮らしにくさにつながっています。

皮膚の感覚がおかしくなる

皮膚の感覚が
おかしくなる

距離感覚がおかしくなる

距離感覚が
おかしくなる

奥行きの感覚がつかめない

奥行きの感覚が
つかめない

いつと何が結びつかない

いつと何が
結びつかない

このように各連載でも、取り上げる生活課題(「スーパーでのお会計」「交通サイン」「お風呂」など)ごとに、その背景の心身機能の障害をわかりやすい表現でご紹介します。

第1号のテーマは「カイケイの壁」

今回は0号という位置づけで、次回の第1号からいよいよ「認知症世界の歩き方」は本格的にスタートします。1号のテーマは「カイケイの壁」。認知症世界に存在する、「お会計」を無事終えるために、頭をひねり、手を伸ばし、標的を掴んで初めて乗り越えられる無事にたどり着くための高い壁をご紹介します。
これから本格的に始まる、認知症世界の旅の紹介を通じて、多くの人の「認知症」に対する理解が深まることを願っております。

  • 編集・執筆: 筧 裕介・稲垣 美帆(issue+design)
  • 執筆協力: 瀬尾 裕樹子(EATLAB)
  • デザイン: 清水 恒平・稲葉 千恵美(オフィスナイス)
  • 調査: 堀田 聰子・矢野 真沙代(慶応義塾大学)・竹井 真希(issue+design)
  • 監修: 樋口 直美

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