Living well with Dementia

認知症を持つ本人同士が出会い、つながって、さまざまな立場の人たちとともにつくる、よりよく生きるための活動の数々を、大小問わずご紹介していきます。

vol. 3

一歩を踏み出す とても身近な「ともに」の話

はじめに

 前回は、認知症をもつ本人による「認知症とともに生きる希望宣言」や、「希望のリレー」について触れました。
 宣言や活動などというと、ちょっと自分からは遠いところの話のような気もしてしまいそうです。そこで今回は、4年半前に63歳で若年性アルツハイマーの診断を受けた、神矢努さんと、パートナーの佐久間登喜子さんのストーリーから、一歩を踏み出すきっかけについて考えてみたいと思います。
 

最初は落ち込んだけれど

 神矢さんは、診断の翌年から、認知症をもつ本人が集まる会に参加をしたり、自分の経験や暮らしの工夫などについて地域の人たちに話したりすることを始めました。そんな神矢さんも、診断された直後は、さすがに落ち込んだそうです。
「とにかく物忘れがひどくなっていました。そして、12年間住んでいるところなのに、ある日家を出たとたんに方向が突然わからなくなってしまいました。風景がまったく違って見えて、一体ここはどこなんだろうと思いました」
 「これは大変」と、もの忘れ外来を受診し検査を受けたところ、結果は若年性アルツハイマー型認知症というものでした。
 「初めて認知症と言われたときには、ちょっと涙が出ました。わんわんと泣くほどではなかったけれど『ああ、そうなんだ、僕は認知症になったんだなぁ』って思いました」
 
 住んでいるのは東京都内にある大きな団地です。その中の、300世帯ある棟の自治会長も務めたことがあり、当時はちょうど事務局長として関わっていました。
 診断後、気持ちは塞いでいましたが、ちょうど自治会からまた次期の役員を打診されたこともあり、1ヵ月後の自治会の幹事会で話してみることにしたそうです。
 「責任があると思うので、嘘をついてはいけないと思ったし、認知症があることを恥ずかしいとは思っていないからです。幹事会で『僕は認知症です。そんな自分だけれど、事務局長をやってもよいですか』と、聞きました。そうしたら、みなさん『一緒にやろうよ』と言ってくれました。これを話すと涙がでちゃうんですけれど……」
 神矢さんは、一瞬声を詰まらせましたが、つぶやくように続けました。
 「本当に嬉しかったなぁ」
 


「絵を描いている時が一番幸せ」という神矢さんは、2018年に個展も開催し、8日間で250名もの人が来場しました(写真は「暮らしの保健室」に寄贈した、神矢さんの描いた絵の前で)
 

隣にいる人のことを気にしあう関係

 診断後も引きこもらずにいられたのは、自治会のこともあって、認知症のことをオープンにできたからというのが大きかったのかもしれません。その後も、近所の人たちは、神矢さんを見かけると、何かと声をかけてくれるそうです。
 「認知症のことを言いたくないという人は、たしかにいると思います。あるいは、認知症になったらおしまいだという人もいるかと思います。それは、社会の中に、認知症に対する偏見、差別があるからです。認知症の人の中にもそれがあるから、言えなくなってしまうのです。相手にしてもらえなくなる。何もわからない人だと思われる。今までの関係が壊されてしまうような恐怖に怯えるのです」
 神矢さんは、2019年10月に新宿区主催で行われた講演会でこのように語りました。
 「人と人との接し方、関係性のつくり方は、認知症の人の症状に大きな影響を与えます。あらゆる場面で、人と人との結びつきがあって、生きていけるのだと思います。隣にいる人、身近にいる人のことを気にしあう、日常的な関係が、大切だと思います」
 

その時、身近な人は

 神矢さんの長年のパートナーの佐久間さんも、一緒に検査結果を聞いた時は「これからどうしたらいいんだろう」と不安になり、悩んだそうです。
 でも、その帰り道のこと。近所にある「暮らしの保健室」の前を一人で通りかかりました。無料で健康や医療、介護、暮らしのこと、なんでも話ができる場です。看護師が話を聞いて、一緒に整理しながら考えたり、必要に応じて関係機関につないだりもします。神矢さんと一緒に、何度かイベントに立ち寄ったこともありました。
 「入っていって1時間くらい話したら、元気になっていました」と佐久間さんは振り返ります。
 「(何度も同じことを言ったとしても)神矢さんにとっては1回目。だから1回目みたいにふつうにしていればいいのよ」と、その時話を聴いてくれた、室長で訪問看護師の秋山正子さんに言われ、「そうか、そういえばそうね」と、胸のつかえが下りた気がしたそうです。「そんなにあたふたしないでいいんだ」と思えたとも言います。その後も、暮らしの保健室は、2人のちょっとした外出先となりました。
 他にも、「さまざまな集まりに出かけていって、認知症をもつ当事者の方と話をしたりすると、自分の意見を持っている人がいて勉強になるし、広がりができました」と、その後の体験を話してくれました。
 
 神矢さんと佐久間さんの場合は、身近なところで踏み出した一歩が、いろいろありながらも穏やかな暮らしにつながっているようです。身近だからこそ難しいという人もいるでしょうし、一歩の踏み出し方は人それぞれ。でも、一人ひとりの一歩が、大きなうねりにつながっていくことは、忘れずにいたいものです。
 


「なんでもなくしてしまうので、紐でつないでおけばいいんです」と暮らしの工夫を話してくれる神矢さん。
 


2019年10月の講演会は、自身が描きためてきたイラストをバックに話をしました。