認知症未来共創ハブが立ち上がって約半年が経った6月21日、認知症のある方やご家族・支援者、企業、行政、専門職、大学院生などの方々が集まり、「認知症とともによりよく生きる未来」を実現するための、初めてのワークショップが行われました。
認知症未来共創ハブの “想い”
記念すべき第1回ワークショップは、認知症未来共創ハブ代表 堀田聰子が “想い” を語るところから始まりました。「認知症のある方々は、社会が追いついていないために、いろいろな暮らしにくさを感じています。そして、日々問題を切り抜けるための工夫を編み出しておられます。認知症のある方々の “喜びの実現” を真ん中に置いて、その思いや体験、知恵を見える化し、ご家族・企業・行政・専門職など色々な方々との共創によって、事業・商品・サービス・施策を生み出す循環が生まれれば良いと思っています」と堀田は語ります。また2018年11月1日に日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)から表明された「認知症とともに生きる希望宣言【参照】」にも沿いながら、その内容を実現できるようなプラットフォームを目指している、と挨拶を締めくくりました。
どのような暮らしにくさを抱えているのか?認知症のある方々ご本人の声に耳を傾け実証・実装・学術的なものに活かしていく
次に認知症未来共創ハブの運営委員であり、issue+design代表の筧裕介から、今回のワークショップの趣旨が次のように説明されました。「認知症のある方々は一体どのような暮らしづらさを抱えているのか? その背景としてどんな認知機能が働きにくくなっているのか? 私達は認知症のある方の現状をよく理解していないですし、情報は世の中に伝わっていません。認知症のある方ご本人に、実際どのような困りごとがあり、自分の体がどうなっているのかをできるだけ語っていただき、その声をもとに認知症とともによりよく生きる未来の姿を描き、実現に踏み出すことがワークショップの目的です」今回は各チームに1〜2人ずつ、計7名の認知症のある方がご参加くださっていますが、認知症未来共創ハブの立ち上げとともに認知症のある方に当面100人を目途にインタビューを始めており、今後100人インタビューとワークショップを通じて、11の生活領域(衣・食・住・金・買・移・交・健・遊・学・働)別の課題を収集・分析していく予定です。
今回の共創ワークショップは、この11領域(衣・食・住・金・買・移・交・健・遊・学・働)の中から「住(住まい)」に焦点を当て、認知症のある方々の声をもとに、住まいにおける困りごとや、どんな事が住宅で実現できると良いかを考え、認知症にやさしい住宅の未来の姿をみんなで描いていくことが主旨となりました。筧から、この日の課題『認知症のある方が、日常生活の困りごとを解決し、毎日の生活や人生の喜びを満喫できる「未来の住宅」を実現するために、私たちは何が可能でしょうか。』が示され、いよいよ共創ワークショップの開始です。
認知症のある方のストーリーを聞く、 インプット・トークから ワークショップはスタート!
認知症のある方ご本人と支援者、企業および行政の方・専門職・デザイナー・学生など多彩なメンバー6〜7名で構成された、6つのチームによるワークショップがスタートしました。はじめに20分間、各チームの認知症のある方が「はじめて違和感を持った時」「診断された時の状況・気持ち」「ターニングポイント」「家の中の様子、工夫」を、自宅の様子を撮影した写真を見せながら、チームメンバーに語りました。6チームそれぞれの認知症のある方は、アルツハイマー型認知症の方、レビー小体型認知症の方など疾患と症状は異なり、暮らしの困難や生活の課題も、一般的に認知症というとすぐに思い浮かぶ記憶の問題の他にも、空間認識や時間感覚の問題など多様です。チームメンバーは当事者ご本人から伺う初めての話に関心を寄せる一方、「冷蔵庫や棚の奥にしまった物が全く分からなくなる」という話を聞いた際には、「認知症のある方だけでなく、自分も度々そうなります!」と盛り上がる様子も見受けられました。
認知症にやさしい理想の住まいアイデアをどんどん付箋に書き込んで、チームで共有
認知症のある方からお話を聞いた後、気になること、気づいたこと、課題や原因、アイデアの種、具体的な解決方法を、39枚の住宅の困りごとを示す生活課題カード(認知症のある方へのインタビューをもとに、今回のワークショップ用に作成しています)を発想の起点にしながら、付箋にどんどん書き出していきました。ワークショップでのアイデア出しでは、付箋の数が多ければ多いほど組み合わせの可能性が広がり、新たなアイデアが生まれやすくなります。生活課題カードに貼られた付箋は2階建ての住居イメージの上に整理しなおし、終いには各チームとも、住居イメージが沢山の付箋で埋め尽くされる程になりました。
付箋アイデアをグラフィック・ファシリテーターが、ビジュアル化
今回のワークショップでは、進行を支援するファシリテーターと、対話や議論の可視化を支援するグラフィック・ファシリテーターが各チームに配置され、チーム内でアイデアを精査した後、大きな2階建ての住宅イメージの中に、認知症にやさしい理想のアイテムや仕組み、考えなどがグラフィック・ファシリテーターによって描かれていきました。数時間かけて皆で出したアイデアの数々が、統合されていきながら「喜びを満喫できる未来の住宅」をあらわす大きなイメージになっていくさまは、会場に居た多くの方々をもワクワクさせます。
各チームの住居イメージは、多様で示唆に富んだモノやサービスで彩られました。またモノやサービスだけでなく、「〜ねばならない」の固定観念は無くして皆が寛容になればいい、介護やサポートされるだけでなく、できるところは自分でやりたいという気持ちを優先するなどの思想も、理想の住まいイメージに表現されていました。
描いた理想の住まいイメージを囲み、各チームによる最終発表
アイデアが描かれた未来の住宅イメージを壁に貼って、いよいよ最終発表です。
山田真由美さんが参加したAチームは、「女子はファッションにこだわらなきゃダメよね」「メイクがしたいよね」「靴は気に入ったものが履きたいよね」という意見が沢山出て、テーマは「永遠の女子ハウス」となり、以下のようなアイデアが描かれています。
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●天気や、どんな目的で誰に会うかなどのスケジュールを考慮し、その日に最適なコーディネートで洋服が出てくるクローゼット。
●デート用・食事用・会議用とTPOに合わせたメイクシート。
●ご近所さんがメイクを手伝ってくれたり、メールで送られてきたメイク仕上がりの写真をチェックしてくれる「メイ友」。
●玄関に散らばってしまった靴を誰のものか教えてくれる、ARグラス。
●音声認証で「開け!」と言えば開く、または顔認証で開くスマートドア。
●首や腕を通す場所がどこなのか分かりやすくする為、体を通す部所が色付けされた服や、かかとが分かりやすく色分けされた靴下。または風力により自動的に着せてくれるマシーン。
必要最低限のもので暮らしているという樋口直美さんが参加したBチームでは、樋口さんらしさを暮らしに反映した「ミニマリスト(通称:直美のいえ)」です。
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●顔や指紋認証で自動で開閉し、家族の誰がいつドアを通過したかを記録しているハイテクドア。
●必要な食材や調理の順番、加熱時間など、必要な行動内容と所要時間を両方一緒に教えてくれる、キッチンタイマー。
●メイクする順番どおりに並んだメイク道具セットや、顔のカタチにぴったり合った、ハイテクでパーソナルなメイクマスク。
●「リモコンが無い!」ということがないように、音声センサーで管理できる照明や家電。
●普段は全部透明で、お客さんが来た時だけ曇りガラスになる、収納家具やゴミ箱。ゴミ箱は通常が透明なら、いまどのくらいゴミが溜まっているかも分かりやすくなります。
「光と音をいかにやさしくできるか?」が話題の中心になったCチームは、Hさんとそれぞれ得意分野を持ったチームメンバーから、「あるがままホーム」というテーマが導かれました。
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●よく使う物にチップを付け、家の中のどこにあるのかがチェックできるGPS機能が付いたスマートフォン。
●認知症で光や音に敏感になったHさんと、頼る頼られる関係が密になった奥様が、日々コミュニケーションを円滑に行うための「夫婦だけの糸電話」。
●好きな映像や音楽によってスッと寝られ、起きる時には少しずつ目を慣らしてくれるように朝日の調整ができる「光と音がやさしい暮らし」。
●コーディネートを迷わなくて良いように、同じ服や同じ靴を活用する生活。
●物が多い生活を見直し、本当に必要か? を問う「超ミニマリスト生活」を目指す姿勢。
欲しいものがどこにあるのか分からなくなると不安になるので「全部見えるのがいい!」という希望があった、Sさんが在籍するDチームは、「見える! えらべる! 見せる!!」がテーマになりました。
●家の中で常に姿勢や表情をチェックし、自分自身に刺激や緊張感を与えて主体性が生まれやすくなる、大きな鏡。
●洗濯機があるところに竿とハンガーを設置し、干しっぱなしで畳まない「ぶどう狩り」タイプの洗濯スタイル。
●Sさんが趣味で集めた切手やコインを陳列して古物商ができる「見せる家」。自分のために髭を剃ったり、片付けるのは大変だけど、誰かのためなら楽しくできる!
いつも介護されるのではなく、必要な時だけ家が助けてくれるようなバランスを保ったパートナー的な関係が欲しい、という丹野智文さんが参加したEチームは、「家まるごと、ボクの相棒」がテーマです。
●声で操作でき、スマホが洗濯終了を教えてくれる、洗濯機。
●ドラゴンボールの「スカウター(敵の戦闘能力が分かるメガネ)」のような、人の名前と会社の所属情報、どこからどこまでが床で、階段がどこから始まるのかなどが表示されるメガネ。
●洗顔フォームと間違えないように、歯ブラシの先を付けて使用する、置くタイプの歯磨き粉。
最後に岩田裕之さんが参加したFチームでは、家の中で解決することと、地域・社会・みんなで解決すること、両方が必要じゃない? という話が進み、「社会も地域も家もくらしやすい!」がテーマになりました。
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●複雑な洗濯のプロセス(脱いで→入れて→指示して→出して→干して→畳み→しまう)を一気にやってのける、洗濯機。
●その週の天気や気候を考慮した1週間分の洋服コーディネートが届き、依頼内容の変更も月ごとにクラウドで行える定期便サービス。
●晴れの日に長靴を履いていても、ブツブツ独り言を言っていても、ひとりでウロウロしていても、普段は周囲の人たちが気にせず、困っていそうな時にだけ声をかけてくれる、寛容で生きやすい社会。
ワークショップで生まれた「あったら良いな!」を未来に向けて “カタチにする根っこ” に
午後早くにスタートしたワークショップは、盛りに盛り込んだ内容となり、4時間半という長丁場となりました。認知症未来共創ハブ代表 堀田聰子は締めくくりの挨拶で、「今回のワークショップで生み出された『あったらいいな!』は、誰かの喜びの実現に本当につながるか? どれくらいみんながほしいのか? すでに世の中にないか? 他のモノを流用できないか? と問いながら、一つひとつカタチにする根っこにしていきたいです」と語りました。第1回共創ワークショップは、認知症のある方々の生の声を反映しながら、質問や笑いが絶えない対話からなる、その名の通りの “共創” を実現することができました。認知症未来共創ハブの “共創” は、まだはじまったばかりですが、今後の展開にも是非ご期待ください。