Column: 08

アルキタイヒルズ

幸せな思い出とともに歩き回れる街

2019.11.15

認知症世界。この世界には、自分の思い出に強く残る忘れがたい出来事、例えば、私が現役刑事だった時、街角で仲間とともに張り込みし、遂に犯人を取り押さえた記憶。絶世の美女と最高級レストランでデートした夜の思い出。友人の科学者が発明したスケートボードで街中を飛ぶように走り回った記憶。こんな昔の記憶が次々と呼び起こされ、まるで昔の記憶の世界に迷い込んだかのようにどんどん歩みを進みたくなる、街があるのです。

街を歩いている時に、ここは幼馴染とよく遊んだ公園、あっちは昔会社に通った道で、ここはよく一人で仕事終わりに立ち寄ったお店だなというように、街の風景と自分の記憶を結びつけて歩くことってありますよね。そんなときは、懐かしい思い出に浸ってなんとも心地よく、心安らぐ時間だったりします。

最近は、タイムスリップするように、突然、昔の自分に戻ってしまい、どうしても出かけなければという気持ちで玄関の扉を開けて出かけることがよくあります。
今朝も、目が覚めるとタイムスリップが起こって、会社に行かなければと10年前まで勤めていた会社に足が向かいます*1。バスに乗り遅れまいと急いで歩くのですが、手ぶらで歩いている途中でどこに向かっていたのか忘れてしまいました*2。困った私は、家に帰らなければと思ったのですが、家へ帰る道もわからなくなってしまい*3、途方にくれてしまいました。だって「私の家はどこですか?」なんて、恥ずかしくて人には聞けません。とにかくバスに乗って家の前を通ったら自分で見つけられるかもしれないと考え、バス停を探して歩き回っていたところ、ご近所の方と出くわし、無事に自宅まで帰ることができました。

夜、時計の針が22時を回った頃には、そろそろ家に帰らないと、と思い*2ここは私の家ではないと思って*1家を出る支度を始めました。パジャマのうえからコートを羽織り、バッグにお財布やスマホをいれて用意が整い、「そろそろ、お暇しますね」と家の主人に言いました。その人は、怒って「何言ってるんだ、ここがあなたの家でしょう」といって腕を掴んできたので、私はなにがなんだかわからず、怖ろしくなってしまいました。その男は、私の息子だったのですが、私にはそうは思えなかったのです*4。だって息子は、可愛く、思いやりの深い子なのに、目の前にいる知らないこの男は、鬼のような顔で私を叱り続けています。

また翌日には、昼食が終わると、いつも通りそろそろ夕飯の買い物に行かなくてはと思い、商店街に歩いて行きました。実は今では、近くに住む娘が毎日家まで夕飯を届けてくれるので、買い物に行く必要はないのですが、今でもこの時間帯になると娘と息子のために夕飯の準備をしなければと思い*1毎日商店街に足が向かいます。なにより商店街の店主やばったり出会うご近所さんとのちょっとした立ち話が私の長年の楽しみでもあったのです。
今日も、いつものルートを歩いてまわって行きます。はじめに、お肉屋さんが、今日はこのお肉がお買い得だよ!と教えてくれます。次に魚屋さんでは、旬の魚を教えてもらい、今日は秋刀魚にしようかしらと夕飯の話をします。郵便局では、窓口の人とちょっとした世間話をして、八百屋さんではご近所さんも集まって子どもの話をしたりして。そうして家に帰ってくるのです。

私はお買い物をした後もなぜか手ぶらですが、そんなこと私にはどうでもいいような気がします。だって、商店街の人たちは、みんな私のことをよく知っていて、いつも行く私を喜んで迎えてくれるのです。それは私にとって、とても楽しく、気持ちの安らぐ大切なひとときなのです。

なぜかはわかりませんが、こんな風に、私は時々タイムスリップしてしまい、その時代の中を私らしく歩いているのです。家族からは怒られるのですが、20代の思い出の中にいるときの私は20代の軽やかな気分で、今よりずっと元気です。

他の人には、なかなかわかってもらえませんが、私には、私の大事な用事や大切な思い出があって、そのために一人で出かけています。
ただ、その理由を聞かれた時には、あれ、なんで歩いていたんだっけ?と私自身が忘れてしまうので、うまく私の思い出を他の人に話せないのが残念…
たまには、家族や仲間と一緒に昔話でもしながら散歩したい気持ちもあるのですが。

そんな私は、最近思い出を一つの箱に詰め、思い出ボックスを家族といっしょに作りました。
この箱の中のものを手にとってながめていると、歩いていかなくても自分の記憶を散歩している気分になれるのです。
たまには、記憶の道を実際に歩きたい気持ちになり、また外へと足が向く事もありますが、歩き回るのは、実際ちょっと疲れますしね。笑
どちらにしても、みんなといっしょに、懐かしい思い出ばなしをしながら笑いあえる時間をこれからも大切にしたいですね。

Barrier:

「アルキタイヒルズ」に直面する背景には、
以下4つの認知症に伴う心身機能の障害が考えられます。

記事をシェアする

Knowledge:

認知症のある方ご本人、支援者、家族、その他全ての人のこの課題解決のための知恵や世の中の障壁に関する情報を掲載します。皆さんの知恵の投稿もお待ちしております。

認知症のある方ご本人、支援者、家族、その他全ての人のこの課題解決のための知恵や
世の中の障壁に関する情報を掲載します。皆さんの知恵の投稿もお待ちしております。

  1. 大牟田市さんの知恵

    2019.11.15 投稿

    ほっとあんしんネットワーク模擬訓練

    大牟田市さんの知恵

    2019.11.15 投稿

    大牟田市では、2004年から「認知症になっても安心して外出できる町」を目指し“認知症SOSネットワーク模擬訓練”(2019年から「ほっとあんしんネットワーク模擬訓練」に改称)を行っています。これによって、認知症の啓発と共に、大牟田市のどんな人でも、声かけや見守りができるような仕組みをつくっています。
    訓練には、住民を始め、行政、警察、医療福祉機関や民間企業などが参加し、町全体で取り組んでおり、地域全体で自然と見守ることができる環境が作られてきています。

  2. 共創ハブ研究員の知恵

    2019.11.15 投稿

    思い出ボックス

    共創ハブ研究員の知恵

    2019.11.15 投稿

    この思い出ボックスには、学生時代に部活動でもらったメダルや妻とのラブレター、家族旅行の写真などをいれています。ここに大切なものをしまっておけるので、なくすことがなく安心ですし、ちょっと不安になった時にもこの箱を開けると落ちつくことができます

  3. 全国マイケアプラン・ネットワークさんの知恵

    2019.11.16 投稿

    マイライフプランの玉手箱

    全国マイケアプラン・ネットワークさんの知恵

    2019.11.16 投稿

    『マイライフプランの玉手箱』は、「どんな人生を歩んできたか」、「自分はどんな人なのか」、「これからどんな風に暮らしていきたいのか」の3段構成になっています。この中に今のうちから自分を詰め込んでおくことで、将来認知症になったり疾病などで意思の表現が難しくなったときにも、もしもタイムスリップしたときにはどこにタイムスリップしたのか、どんなことが好きでどんなことが苦手なのか、自分がどんな価値観や考えもっているのか、またどんなふうに暮らしていきたいと思っているか、を周りに分かってもらう手立てになるようにと作りました。

この記事に関するみなさんの知恵を募集しています。

同じような困りごとを解決にみちびくためのあなたや周りの方の暮らしの工夫や便利グッズなどを知恵として投稿してください。投稿された知恵は、メールアドレスを除き、こちらのページに掲載されます。運営事務局がふさわしくないと判断したものは掲載しない場合がありますので、ご了承ください。
>その他、記事や活動に関するご意見・ご質問はこちらのフォームよりお寄せください。

さんの知恵