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日本の認知症フレンドリーコミュニティ

各地の認知症フレンドリーコミュニティの取り組みを紹介します。

vol. 5

安心して外出できるまちへ 大牟田市(福岡県)

いち早く直面した高齢化

 福岡県の最南端、熊本県境にある人口11万の大牟田市。かつては、炭鉱の町として栄え、人口20万人を超えていましたが、炭鉱の閉鎖とともに、人口が減少。現在、大牟田市の高齢化率は、全国平均を大きく上回り36.7%(2020年4月)まで進んでいます。いち早く高齢化の問題に直面した大牟田市では、20年ほど前から認知症に関する本格的な取り組みが始まりました。
 
 当時、市内には、先進的な認知症ケアを実践する介護施設がある一方で、医療や介護に携わる人の間でも、認知症に関する理解は十分ではなく、いったん認知症になると、それまでの暮らしの継続は難しく、病院や施設に行ったきりになってしまうケースが少なくありませんでした。そうした現状を変えたいと、当時の行政や介護職の有志により、地域内での認知症ケアの質の向上、そして、認知症になっても安心して外出できる環境づくりが模索されてきました。
 

認知症SOSネットワーク模擬訓練

 取り組みのひとつが、ほっと安心SOSネットワーク模擬訓練と呼ばれるものです。年に1回、小学校区ごとに企画され、認知症の人の役をした人が模擬的にまちを回り、子供たちから高齢者まで、地域の一般の人たちが声かけをするというものです。認知症の人が外出した際に、道に迷ったり、買い物でサポートが必要になったりした時に、地域の人たちが声をかけて、助け合えるような町にしようということを目的にしています。
 
 訓練を始めた当初は、地域の人たちから「なぜこんな訓練をするのか?」「認知症の人の面倒は病院や介護施設でみればいいのでは」といった声もありましたが、地域に住む認知症の人の具体的なエピソードを交え、地域の人たちの理解があれば、認知症の人たちが病院や介護施設ではなく、家で暮らすことができることを伝える中で、徐々に理解が広がり、市内全域で開催されるようになりました。
 

 

住民同士の関係性をつくることが目的

 大牟田市の模擬訓練は、国内外から視察者が訪れ、注目されるようになりました。現在およそ200の市町村で、認知症に関連する模擬訓練が実施されています。模擬訓練と聞くと、一般的な災害訓練のように、いざというときの連絡網を整備し、模擬的なやりとりをすることをイメージします。実際、他の市町村で実施される訓練の中には、連絡網の整備に重点を置いた捜索訓練のようなものの場合もあります。
 
 大牟田市の訓練は、訓練を通じて、地域の人たちが、認知症の人の存在や暮らしに気づき、お互いに支え合える関係づくりをすることに主眼が置かれています。訓練の前後には、認知症に関して学ぶ場や、地域の人同士が関係をつくるためのイベントなどが企画されています。
 
 こうした取り組みの成果として紹介される動画には、市内に住む80代の女性の話が登場します。一人暮らしをするこの女性は、認知症の症状が出るようになってから、道に迷ったり、買い物の支払いに時間がかかるようになりました。過去には、行方不明になってしまったこともありました。しかし、専門職と地域住民が協力し、この女性は一人暮らしを継続しています。地区にある信用金庫では、この女性が何度も通帳をなくしてしまっても、この女性がお金を下ろせるように丁寧にサポートを続けました。行きつけのスーパーマーケットでは、女性が財布を忘れてしまっても、次回にまとめて支払ってもらえばよいという対応をするようにしました。この女性は、すでに亡くなった夫のために食事を作ろうとスーパーに立ち寄ることが多く、スーパーの店員や地区の住民もこうした想いをもって暮らしていることを知っています。他の地域であれば、介護施設や病院に入らざるを得ないと判断されていたかもしれないこの女性も、大牟田市が継続してきた地域づくりの活動の蓄積で、家で暮らすことが可能となったのです。
 

安心して外出できるまちへ

 取り組みが始まった2000年代初頭、認知症の人が外出して行方不明になってことが全国的に問題になっていました。当時はこうした現象を“徘徊”と呼び、問題行動のひとつとして、どのように対処するかということが議論されていました。他の地域では、事故が起こらないように、認知症の人の外出に制限を設けたり、部屋に外から鍵をかけるといった対策がとられていたところもありました。
 
 大牟田市では、認知症の人が普通に暮らす上で、外出することは大事な要素であり、“徘徊”をなくすのではなく、安心して“徘徊”できる町にしようということを理念に、模擬訓練が開催されました。認知症に関連する課題を、症状と治療という構図でとらえず、認知症の人をとりまく地域の側の問題と捉えた点が非常に画期的でした。なお、模擬訓練は、当初は徘徊模擬訓練という名称でしたが、のちに、認知症の人の行動には理由があり、症状であてもなく彷徨っている訳ではないという理解がされるようになり、“徘徊”という言葉を使わず、認知症SOSネットワーク模擬訓練に改称されました。さらにはこのネットワークで認知症を特質すべきではなく、他の場面でも活かしたいという思いで2019年からは「ほっと安心SOSネットワーク模擬訓練」という名称になりました。
 
 いま、全国の認知症の行方不明者は、1万7千人(2019年度)。年々増加傾向にあり、大きな社会問題となっています。事故を減らすという観点だけに着目すると、認知症の人の外出や行動を制限する方向に対策が行きがちです。しかし、そうしたことが起こる背景として、まちや地域住民のあり方にも改善すべき点があるというのが大牟田市の活動の考え方です。安心して外出できるまち、安心して外出できるような人と人の関係性をつくるという大牟田市のビジョンには、今後の社会のあり方に関する重要な示唆が含まれています。