共創ワークショップ 第2回開催レポート(前編)

認知症のある方との対話を通し、生活の困りごとを明らかにしていく「共創ワークショップ」第2回は、「外出・移動」がテーマです。
今回は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科センシング・デザインラボ 神武研究室の協力のもと、スマホアプリを活用したワークショップとなりました。

 
第2回となる今回は、認知症のある方それぞれのご自宅から東京都千代田区神保町にある認知症未来共創ハブのオフィスまでの道のりで起こった様々な困難を、スマホアプリ「cmapper(シーマッパー)」で可視化していくという方法で行われました。「cmapper」は自分が気に入ったスポットの写真を地図上に投稿し、オリジナルマップを手軽に作成して家族や友人と共有できるアプリです。
 
移動観察を行う当日は、6名の認知症のある方々のそれぞれのご自宅をスタート地点とし、神保町にある認知症未来共創ハブのオフィスまで認知症未来共創ハブのメンバーと一緒に移動しました。
ご自宅での準備から、駅・バス停まで、駅のなか、車両のなか、乗り換え、駅の出口からゴール地点の認知症未来共創ハブオフィスまで、認知症のある方々がそれぞれ周囲や環境をどう見て・どう感じたかを、共創ハブメンバーが写真を撮影し、コメントを加え、「cmapper」に投稿していきます。ワークショップでは、その6名分の結果を発表し、意見感想を出していきました。
 
前編では、6名の認知症のある方それぞれにお話いただいた内容についてご紹介していきます。

ワークショップ冒頭には、今回ご協力いただいた慶應義塾大学大学院 神武研究室の神武直彦教授から挨拶を頂きました。神武研究室では、色々な人の位置情報を把握する事で、まちを良くする、人を良くする取り組みを行っています。
 
例えば、ワールドカップ日本開催で盛り上がっていたラグビーでも神武研究室の技術が活かされており、選手の位置やスピードを割り出し、どうすれば強くなれるかを検証できるようにしているそうです。
 
神武教授は「今回のワークショップで、認知症のある方から普段の生活の中で困っている事、難しいと感じている事を上げていただき、認知症のある方の生活が少しでも良くなるように協力できればと、考えています」とお話しくださいました。

そして、いよいよ認知症のある方6名の移動中に投稿した「cmapper」の発表タイムです。会場に設置された大きな液晶モニタで、「cmapper」の写真とコメントをスタートからゴール地点まで1つずつたどりながら、発表していきました。
どういう場所でどのように困ったかを発表し、聞いている側も、気づいた事や分かった事を付箋に記入しながら進行しました。
 
 
最初の発表者は、温泉に行ったり映画を見たりお酒を嗜む事が好きな、Sさんです。
 
Sさんは普段基本的に移動の困りごとは無く、この日も認知症未来共創ハブのメンバーとの待ち合わせに時間通りに到着されました。
きっぷ売り場でのチャージも自分で問題なく行う事ができ、ゴール地点の認知症未来共創ハブオフィスは以前に一度訪れた事もあったため、記憶をたどりながらの道のりになりました。

Sさんは、自宅から駅までの道のり、ICカードの取り扱いや、降車駅の把握まで、移動に関してはまったくと言って良い程、問題や困難はありませんでした。
あえて指摘するとすれば、神保町駅を出てすずらん通りの交差点で「どっちだったかな?」と少し迷われたり、ゴールのビル入口が分かりにくく、少し通り過ぎてしまったなどの小さなハプニングでしたが、同行したメンバーとすぐ確認し、無事にゴールできました。
 
 
2人目は、お出かけ時の課題にご夫妻で関心を持っていただき、奥様も同伴してくださった、柿下秋男さんです。
 
柿下さんは、移動の時に感じるストレスや嫌な気持ちが、後に尾を引いてしまうタイプだそうで、駅の出口を間違えて「あれ??」とパニックになったり、人に質問したら聞き取れない速さでバババッと言われてしまったりするような事が道中で起こると、目的地に着いた頃には疲れてしまい、その目的地が「嫌な場所」として長く心に残ってしまうそうです。
そのため、普段から移動の時は気持ちよく、迷わないで、精神的にリラックスしながら行ける事を大事にしています。この日も神保町駅ではなく、通院で使い慣れている御茶ノ水駅を選んで、ゴールへ向かいました。

柿下さんは、外の風景が分からない地下鉄に乗ってしまうと、方向感覚が鈍ってしまうので、なるべく地上電車を選んで移動しています。この日も、車窓から東京タワーを眺めながら自分の行き先や方向を確認していました。
 
 
3人目は、デイサービスを最近卒業して新しい仕事をはじめ、充実した日々を送っている H さんです。
 
視覚・聴覚・嗅覚が敏感な H さんは、強い光を避けるサングラスや、バンダナを頭に巻いて、耳を覆い騒音を和らげるなど、自分の症状に合わせた対策を普段から実践しています。この日もご自宅から C 駅までの道のりは、タバコの匂いがあるエリアを避けたルートを選択しながら歩きました。
移動にはほぼ困りごとの無い H さんですが、終始、視覚・聴覚・嗅覚に無駄な刺激を与えないように心がけながら、ゴールを目指しました。

Hさんは、慣れていない場所への移動の場合、表示されている文字情報や地図が頼りになるそうです。例えば、都営三田線か? 都営浅草線か? と迷った時、路線図を見ながら、色ではなく、駅名で判断します。
 
また、H さんは日頃から事前に駅の出口番号を確認して、頭上の案内板を確認しながら移動しています。ところがこの日は、ゴール駅の神保町に到着すると、大きな柱が邪魔をして出口サインが見えず、困惑するというハプニングがありました。イレギュラーな環境は、認知症のある方にとって大きな不安をもたらす要素になるようです。
 
 
4人目は、100年に一度と言われる再開発中の渋谷駅を避けながら、2回の電車乗り換えを経て移動してくださった、Bさんです。
 
駅構内の情報を目で感覚的に判断する B さんは、看板の文字情報や矢印の多さを「まるでトラップのようだ」と感じたそうです。5分もたたないうちに電車が来るような状況で、沢山の文字情報から欲しい情報を見つけ出して判断しなければならない情報掲示の在り方に、多くの不満が上げられました。「地面に色分けした線が伸びていて、その色をたどると、自分が行きたいところに行けるものがあると良い」という具体的な意見も、発表と一緒に話してくださいました。

Bさんにとって、写真のような駅構内の案内図は、文字情報が多すぎると感じられるそうです。文字よりも地図などを目で見て判断する B さんにとっては、文字情報が多いと理解に時間がかかってしまいます。
 
また、せっかくゴール駅の神保町に到着したものの、出口案内の前には大きなホワイトボードが置かれ、非常に分かりにくい状態になっていました。神保町A7出口の案内の不親切さには、ほとんどのワークショップ参加者から指摘が出ました。
 
 
5人目は、神奈川から神保町駅までお越しくださった、Mさんです。
 
電車に乗る時間が 1 時間以上と比較的長かったため、認知症未来共創ハブのメンバーと、ご家族の話や、窓から見える風景を見て「今日は天気が良いね」という話を何度かしながら、車中を過ごして来ました。Mさんにとって、駅のきっぷ販売機は難易度の高いポイントです。最初の操作方法から何をして良いか分からず、さらに駅や機械によって操作方法が異なるため、他の人の助けが必要です。
 
また、一緒に行動した認知症未来共創ハブのメンバーは、Mさんの歩く速度がゆっくりなため、突然人混みに巻き込まれると戸惑ったり、横断歩道で反対から向かってくる人を避けながら歩く事が難しいのではないか、という印象を受けたそうです。

Mさんが ICカードにチャージをする時、券売機の差込口が複数あるため、カードを入れるのか、お札をいれるのかが分かりにくく、メンバーが手伝いながら操作を行いました。
 
また、電車の乗り換えの時は「みんな一緒に降りるの? 何かよく分からなくなっちゃった」という一言があり、神保町駅到着後もメンバーがA7出口まで誘導しています。電車を降りたあとも、人通りの多い地上で反対から歩いてくる人を避けながら進むのが難しい、とMさんは感じたそうです。
 
 
最後は、なんと名古屋から新幹線に乗ってお越しくださった山田真由美さんです。
 
山田さんは、長い道のりの間、何度も「今日、本当に着けるかしら?」と思った程、様々な困難を乗り越えて認知症未来共創ハブのオフィスに来てくださいました。山田さんは、たとえ沢山の困難があっても、外出する事が大好きで、機会があればなるべく外出したいと思っています。認知症未来共創ハブのオフィスへの到着は6人中最後になりましたが、ワークショップでは、この日味わった道中のご苦労を、楽しい笑い話にしながら、笑顔で発表してくださいました。

山田さんが乗り物に乗る時に、最大の難所となるのが、乗り場と乗り物の隙間です。バス停の縁石とバスの乗り口の隙間や、中央線ホームと電車の隙間が、怖くてたまりません。また、他の人を待たせてしまわないか、と周囲を心配してしまいます。こんな時、パートナー(本人とともに活動する人)が「ぴょーん!と飛んでね」と伝えると、うまく行くのだそうです。
 
今回の移動を通して、山田さんを含めた6名の認知症のある方々が指摘した、移動中に遭遇した困難、認知症のある方にとって好ましくない環境や状況を、下の困難①〜⑩にまとめました。

【困難①:文字情報の多さと分かりにくさ】
今回ご協力いただいた6名のうち4名は、ホームを探して電車に乗る時や、乗り換えの時、駅出口を探す時に、頭上や壁の案内板を見て行動しました。しかし、文字情報が多すぎて、自分の欲しい情報を見つけるのに時間がかかってしまいます。また、A7出口を探している時に「A6〜A9」という表示があると、この中にA7は含まれるのかどうか、直感的に分かりにくいという声もありました。ご協力いただいた中のMさんや山田さんは、案内板を自分で理解する事は難しい様子で、同じ認知症のある方でも、反応が大きく異なりました。

【困難②:矢印の多さと分かりにくさ】
頭上の案内板には文字情報が多いのに加えて矢印も多く、分かりづらさを感じたそうです。また、写真右のように一番上に矢印があり、その下に情報があるレイアウトの場合、矢印と情報が結びつかないという意見もありました。

【困難③:情報をさえぎる障害物】
やっとの思いで情報を見つけ出し、辿り着いた出口が、工事のために封鎖されていたり、大きな柱が邪魔をして出口サインが見えない状態だったりすると、大変な困惑を招いてしまいます。仮にそこが初めて行った場所の場合、認知症のある方に大きな不安をもたらしてしまいます。

【困難④:幅が狭い通路】
左側の認識が弱い山田さんの場合、ホーム通路の幅が狭いと、人や柱などに気づきにくく、特に左側にすれ違う人が居る場合は注意が必要です。電車と人が行き交うホーム、新幹線の座席通路は、パートナーに手を引いてもらいながら進まなければならないポイントです。

【困難⑤:発見しにくく、遠いエレベーター】
エレベーターに関しては2つ問題があります。ひとつは、駅構内やホームのエレベーターサインの表示が、小さく分かりにくい事。もうひとつは、駅のエレベーターの多くがホームの端に設置されているために、狭いホームの端から端まで、電車にも行き交う人々にも気をつけながら、歩かなければならない事です。駅のエレベーターは、認知症のある方にとって、気苦労と体力消耗が同時発生する難所となります。

【困難⑥:降車駅・乗り過ごし】
認知症のある6名は、目的の駅に到着した事を自分で確認して降車準備態勢に入れた方、うっかりおしゃべりが盛り上がってしまい慌てて降車した方、何度もメンバーと駅名を確認しても最後に降りる駅が分からなかった方と、降車の際の状況は実に様々でした。自身で降車を判断できない方は、メンバーに誘導されて正しい駅に降車できました。

【困難⑦:階段・エスカレーター】
階段とエスカレーターは目を足元に向け気持ちを集中しないと上り下りが難しく、特に下りは困難を感じるそうです。また、同じ光景が続くビル内の階段では、今何階に居るのかが分かりにくく不安を感じてしまうケースもありました。また、山田さんのケースでは、左側の認識が弱いため、階段では右側の手すりしか選べません。そのため、左右どちら側からでも使える手すりがあると有効との事でした。

【困難⑧:スイカやパスモを使った乗車口・改札口】
バスに乗り込む際は、スイカやパスモをどこにかざすか分からないため、パートナーが代わって行いました。カードをかざす場所は分かっても、間違えて別のカードを出してしまう事があります。間違えた時はエラー音が鳴るので、他のカードをかざして改札口を通過します。

【困難⑨:改札口】
きっぷをどこに挿入して良いか分からないので、パートナーがいつも2人分のきっぷを通して自動改札機を通過します。これは、まず1人目のきっぷを入れてゲートを開け、ゲートが開いているうちに後ろに手を伸ばして2人目のきっぷも入れるという方法ですが、新幹線の自動改札機は長いためそれが上手く出来ませんでした。結局、駅員さんの居る窓口で相談して改札を通過しました。この窓口は混雑していることが多いため、本当は避けて通りたいところなのだそうです。

【困難⑩:まっすぐ歩く】 
左側の認識が弱い山田さんは、道をまっすぐ歩いているつもりでも、横に逸れてしまう傾向があります。そのため、道幅が狭い上、段差や傾斜が多い歩道は、まっすぐ歩くことが更に難しくなります。結果として山田さんは、通り過ぎる車に気をつけながら、車道を歩くことが日常になったそうです。
 
  
後編では、認知症のある方が移動中に「これは良かった」と感じた点や、移動する際に普段から心がけている知恵と工夫などをご紹介します。
 
後編はこちら

共創ワークショップ 第2回
開催日:2019.11.5
場 所:認知症未来共創ハブ 神保町

レポート:田中 美帆(多摩美術大学 ソーシャルデザイン論 講師)