認知症政策の国際潮流

最近の国内外の動向も含めた、認知症政策の現状と展望についてご紹介します。

vol. 15

認知症のリスク因子から考える、マルチステークホルダーかつグローバルで認知症課題に取り組む重要性

<POINT>

・ロンドン大学のGill Livingston教授が医学雑誌ランセットに公表した最新の論文では、対処可能なリスク因子は2017年の論文に「頭部外傷」「過剰なアルコール摂取」「大気汚染」の3つが加わり、合計で12となった。
・低中所得国では、高所得国に比べて認知症のリスク因子が高いとされている。
・認知症のリスク因子は多領域が関係しており、なおかつライフコースに渡ってそのリスクが点在している。また国際的な格差の兆候もあり、マルチステークホルダーかつグローバルに取り組むべき課題といえる。
 
 

はじめに

 さて前回のコラム(参照:vol.14「自国の政策評価を私たちはどう受け止めるか」)では、2020年5月12日に、認知症政策に関する総務省による第三者評価の結果および結果に基づく勧告が公表され、認知症初期集中支援チームおよび認知症疾患医療センターに関して言及がなされたことを紹介しました。政策結果の責任は、主としてその政策を選択した政府の判断を支持した立法府である国会が負いますが、一方で選挙を通じて政策決定の代表者を選出した市民社会も責任の一端を担っており、政策の改善に向けて私たちもアクションを起こす必要があることを述べました。
 
 人々の生命を担う医療政策においては、科学的な根拠が特に重視されます。今回は、そうした科学的な根拠の中でも信頼性が高いとされている、著名な国際医学雑誌ランセットの最新論文を基に考えてみたいと思います。
 

新たに加わった3つの修正可能なリスク因子

 ロンドン大学のGill Livingston教授は、2017年ランセット誌において、修正(対処)することが可能な認知症のリスク因子として9つを挙げ、その人口寄与危険割合(PAF: the population attributable fraction)(※1)、つまりそれらのリスクがなかった場合に人口集団の中でどれだけの人が認知症を発症しなかったかという値が、35%に上ることを示しました(図1)。この論文では、システマティックレビューやメタアナリシスといった手法を用いて、複数の研究結果を網羅的に分析しています。
 

 図1
 

そして今回2020年7月30日付で公表されたGill Livingston教授の最新論文「Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission」では、新たに対処可能なリスク因子として「頭部外傷」「過剰なアルコール摂取」「大気汚染」の3つが加わり、リスク因子の合計は12となり、人口寄与危険割合の合計は40%となっています(図2)。
 

 図2
 

 「頭部外傷」のリスクについては、車・バイク・自転車などの事故や戦争での負傷に加え、ボクシングや乗馬などスポーツのシーンでも起こりうるとされています。
 
 「過剰なアルコール摂取」の基準として本論文では、「1週間当たり21 units(1日当たり3units)」とされています。1unitは純アルコール8gですので、基準値を純アルコールに加算すれば「1週間当たり168g(1日当たり24g)」となります。なお、健康日本21(第二次)で示されている「生活習慣病のリスクを高める量の飲酒」の基準は「1日当たりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上」ですので、今回の論文で示されたリスクを高めるアルコール摂取量は日本における健康基準に比べ、より厳しい値であることが分かります。
 
 また「大気汚染」も一般的に非感染性疾患のリスクを増大させるとされています。今回分析した論文には、自動車などの排気ガスや住宅用木材燃焼から排出されるPM2.5やその他NO2、一酸化炭素などが認知症リスクの上昇に起因することが分かりました。
 

リスクの高い低中所得国

 また本論文では、高所得国に比べ、低中所得国の認知症リスクが高いことが示されています。2017年の論文で示された9つの修正可能なリスク因子の人口寄与危険割合(図1)を国別に計算したところ、中国で40%、インドで41%、ラテンアメリカで56%となっており、この数値はどの危険因子への暴露の頻度を高めるかによってさらに上昇する可能性があるとされています。こうした国々では特に、現在疎かになっている教育へのアクセス、高血圧の原因と管理、難聴の原因と治療、肥満の社会経済的・商業的要因への対処をすることで、改善も期待されています。
 

認知症にマルチステークホルダーかつグローバルに取り組む意義

 さて今回は、医学雑誌ランセットに掲載された最新論文から、認知症のリスク因子に関する話題を取り上げました。この論文からもわかるように、認知症の修正可能なリスク因子は、多岐に渡ります。医療のみならず教育や各種産業とも関係し、なおかつライフコースに渡って、そのリスクも点在しています。特定の分野が特定の年齢層に対してアプローチするのではなく、広く社会全体で認知症について理解し、対応していかなくてはなりません。また低中所得国がよりリスクが高い傾向にあるとされ、その解決に向けては国際社会の協力体制が必要不可欠です。
 
 そして何より、リスクのうち60%は「Unknown」、つまり何が原因かわかっていません。そのため、いつ何時、認知症になっても支えあいながら暮らし続けることができるように、自分自身も、家族も、そして社会も「備えておく」ことが必要なのです。
 
※1:人口寄与危険割合(PAF: the population attributable fraction)
寄与危険とは、ある危険因子に曝露した場合に罹患リスクがどれだけ増えるかを示したもので、人口寄与危険割合は、危険因子に曝露した群の中で、真にその曝露が影響して罹患した人の割合を示している。つまり、その危険因子に曝露しなければ罹患しなかった割合と考えることができる。
 

【参考資料】
厚生労働省webサイト「健康日本21」
一般社団法人日本疫学会webサイト「寄与危険と寄与危険割合」
Gill Livingstonほか(2020)「Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission」VOLUME 396, ISSUE 10248, P413-446, AUGUST 08, 2020 (THE LANCET webサイト