認知症政策の国際潮流

最近の国内外の動向も含めた、認知症政策の現状と展望についてご紹介します。

vol. 16

早期受診・早期診断を考える

<POINT>

・新型コロナウイルスの流行により、認知症の人の受診や診断が減少していることが各種調査で明らかになっている
・認知症の診断と発見に関する阻害・促進要因を分析した研究では、一般市民及び患者・介護者・医療従事者の間には異なる要因が見られた
・今後受診・診断促進施策を考える上では、こうした要因分析を踏まえて、誰を対象にどのようなアプローチをするか綿密な設計が必要である

 

はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行からまもなく1年が経とうとしています。最近の報道ではヨーロッパを中心に再び感染拡大の様相を呈し、パリやロンドンでもロックダウンが始まっているほか、日本国内でも感染者数が増加傾向にあるなど、北半球を中心に冬に向かう中で予断を許さない状況が続いています。COVID-19は日本のみならず世界中に大きな影響を与えており、私たちの生活は大きな変化を余儀なくされています。
 
 これまで本コラムでも度々言及していますが、このCOVID-19の流行で特に大きな影響を受けているのが、認知症と共に生きる人々です。2020年9月には、英国のAlzheimer’s Society(アルツハイマー病協会)が、COVID-19が英国内の認知症の人々に与えた影響をまとめたレポート「Worst hit: dementia during coronavirus」を公表しました。日本でも、日本認知症学会による認知症専門医を対象とした調査(*1)や日本老年精神医学会による会員向けの調査(*2)、広島大学大学院医系科学研究科共生社会医学講座の石井伸弥特任教授らが中心となった調査(*3)など複数の結果が公表され、徐々にその影響が明らかになってきました。詳しい調査結果はそれぞれのリンクをご参照いただきたいのですが、いずれの調査でも認知症の人の行動が制限されたり社会的孤立が進んだりといった、生活への影響が確認されています。さらには、認知機能の低下や症状の悪化などの結果が共通して明らかになっています。
 
 また認知症専門医を対象とした調査では、認知症の人の受診機会が減少していることも分かっています。実際に私が現場で働く医療従事者にお話を聞いたところ、調査結果と同様に外来患者の減少や新規で認知症の診断を受ける人が例年に比べて減少している印象があるとのお話も伺うことができました。COVID-19が私たち、とりわけ認知症の人に与える影響は、感染症流行自体と同じ若しくはそれ以上に大きなものとなっているといえるでしょう。

*1 日本認知症学会による認知症専門医を対象とした調査(日本認知症学会 調査概要)
*2 日本老年精神医学会による会員向けの調査(日本老年精神医学会webページ)
*3 広島大学大学院医系科学研究科共生社会医学講座の石井伸弥特任教授らが中心となった調査(広島大学広報グループ発表資料
 

「認知症の社会的処方箋~認知症にやさしい社会づくりを通じた早期発見と早期診断の促進~」提言白書

 さてこうした状況の中で、COVID-19の収束後、認知症の疑いによる受診・診断も増えることが予想されています。今回は特に、COVID-19による外出抑制などが受診・診断を抑制していると考えられますが、通常時における受診・診断の抑制要因を理解することは、今後の受診・診断の促進施策を考える上でも重要です。
 
 そうした要因を分析した成果として、日本医療政策機構では2017年10月に「認知症の社会的処方箋~認知症にやさしい社会づくりを通じた早期発見と早期診断の促進~」提言白書を作成しています(日本医療政策機構webページ)。本白書は、トップクラスの専門家へのインタビュー、早期診断・早期発見に関するエビデンスのレビュー、注目すべき日本のケーススタディの紹介、の三部構成となっています。まとめとして本白書では、地域社会のコミュニティを基盤とした社会づくりを「社会的処方箋」と定義し、希望へつながる社会をつくるための重要な要素であると結論付けています。今回のコラムでは、本白書の柱の1つである「認知症の診断と発見に関する阻害・促進要因」についての文献レビュー結果についてご紹介します。
 

Andersenの医療サービス利用の行動モデルとは

 この文献レビュー研究では、1981年1月から2016年10月の間に英文で出版された関連研究のうち、アブストラクトもしくは本文の内容に基づき関連の強い研究として135本を選択し、分析を加えました。(研究手法の詳細は、白書中「Ⅲ文献レビュー 1-c. 理論的枠組み」を参照)
 
 そしてこれらの抽出した文献の分析には、Ronald M. Andersenの「医療サービス利用の行動モデル(Andersen Healthcare Utilization Model)」を用いています。このモデルでは、個人が医療サービスを利用する際の行動要因を「素因」「利用促進要因」「ニーズ要因」の3つに分類します。素因とは、年齢、人種、家族構成、教育、職業、健康への考え方といった個人の属性によるものを指します。利用促進要因は、家族からのサポートの有無や医療保険の加入状況、さらには地域資源などサービス利用する際の個人を取り巻く環境のことです。さらに、ニーズ要因とは、個人の医療サービスに対するニーズの自覚や医療従事者など専門家が考えるサービス利用の必要性などを意味します。このモデルは、3つの要因を広くとらえ活用でき、医療のみならず、保健・介護サービス利用の分析にも活用されています。また、サービス利用に至るまでの行動過程に基づくことで、ユーザー目線かつシンプルな理解にも役立つといえます。
 

認知症の早期受診・早期診断の阻害要因

 さて、本白書では「医療サービス利用の行動モデル(Andersen Healthcare Utilization Model)」による3つの行動要因に加え、外部環境のカテゴリを設けたうえで、認知症の早期受診・早期診断の阻害要因を整理しました。(下表)
 

 こうした要因整理を踏まえた特徴について本白書で整理している考察をご紹介します。まず、3つのグループに共通する事項として、素因に分類される「ネガティブな態度」や利用促進要因に分類される「知識の不足」が阻害要因として挙げられました。また、一般市民及び患者・介護者の両方に共通する決定要因として、「社会的な偏見」「社会的支援」「金銭的制約」が挙げられています。さらに、一般市民及び患者に絞ると、医療機関への物理的な距離や交通手段等の医療サービスへのアクセスの程度といった「環境要因」や年齢、学歴、収入といった「社会経済的要因」の影響も大きいことが分かりました。本白書では、「これらの要因は介入プログラムにより変化させることは困難だが、社会経済的要因の集団における分布の理解は介入プログラム開発の上で不可欠である」(p41)と説明しています。
 

(まとめ)早期受診・早期診断の促進に向けて

 今後各地域で、COVID-19による受診・診断の遅れを取り戻そうとする動きが出てくることが予想されます。しかしながら、ただやみくもに受診・診断を促すキャンペーンを行うだけではその効果は限定的なものとなり、どのようにその重要性を伝えるのか、対象とする集団の特性を踏まえながら方策を練る必要があります。上述の考察からもわかる通り、行政や医療機関からのコミュニケーションや教育プログラムによって変化が期待できる要因と、医療機関へのアクセスや経済的事情など認知症施策の範囲を超えて長期的なアプローチの必要な要因があることを理解する必要があります。
 
 そして何よりも認知症の方、さらには今自分が認知症かもしれないと戸惑っている人への配慮を忘れてはなりません。近年では、国際的に認知症にやさしい商品・サービスの開発を認知症の方と共に行うことへの関心は高まっており、認知症未来共創ハブでもこうした取り組みを促進しています。今後は受診・診断について、さらには関連する介護サービス提供のあり方など、医療介護福祉の領域でも、従来の「サービス提供者と利用者」という関係性を超えて、共に考え、創り、評価する動きが必要ではないでしょうか。
 

【参考文献】
小林哲也(2015)『Andersen のサービス利用の行動モデルにおけるContext の概念』人間関係学研究17巻, p55-63
日本医療政策機構、マッキャングローバルヘルスほか(2017)『認知症の社会的処方箋~認知症にやさしい社会づくりを通じた早期発見と早期診断の促進~』