<POINT>
・2019年に公表された認知症施策推進大綱も1年半が経過し、最初の1年の実施状況が取りまとめられた。各項目で進捗には差はあるが、重点項目は概ね順調に施策が進んでおり、またその振り返りも非常に詳細に行われていた。
・本コラムでは、認知症サポーター養成、認知症疾患医療センターの設置、認知症研究開発の体制整備の3点を取り上げて紹介する。
・一方で発信については不十分な面が見られ、国内外への施策実施状況も含めた政策情報をより積極的に発信することが求められる。
はじめに
日本ではじめて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が確認されてから1年が経過しました。2021年1月7日には首都圏の1都3県(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)に再び緊急事態宣言が発出され、先の見えない日々が続いています。前回のコラムでは、早期受診・早期診断の阻害要因について、2017年に日本医療政策機構が公表した提言白書を基に改めて考えました。今回は2019年6月に政府が公表した「認知症施策推進大綱」について改めて取り上げます。思い返せば2019年は認知症施策推進大綱が公表、そして認知症基本法案が国会に提出され、いよいよこれから日本の認知症政策を前進させていく、そんな年でした。しかしその年末にはじまったCOVID-19の影響により、社会的な機運の醸成はその歩みを緩やかにせざるを得ない状況となってしまいました。本コラムでは、認知症施策推進大綱の公表から1年半、その現在地を確認してみたいと思います。
認知症施策推進大綱の実施状況
2020年12月上旬、内閣官房健康・医療戦略室のwebサイトにある「認知症施策推進関係閣僚会議」のページ(首相官邸webページ)に、「令和2年度 進捗確認」というタイトルで資料が掲載されました。この資料は、2025年までを計画期間とする認知症施策推進大綱の最初の1年が終了したことを受け、現時点の実施状況を取りまとめたものです。資料では、認知症施策推進大綱策定時に設定した指標(KPI: Key Performance Indicators)の達成状況の他、大綱の本文に明記した施策についてその実施状況と今後の取り組みについて明記しています。さて今回のコラムではこの公表された資料から気になった点をいくつかピックアップしていきます。
1.普及啓発・本人発信支援
(1)認知症に関する理解促進
「企業・職域型の認知症サポーター養成数400万人」
「2020年度末時点の認知症サポーター養成数 1200万人」
認知症施策推進大綱では、「認知症の人と地域で関わることが多いことが想定される小売業・金融機関・公共交通機関等の従業員等をはじめ、人格形成の重要な時期である子供・学生に対する養成講座を拡大する」とされ、より広く一般的に啓発を進めるフェーズから、より対象を絞った形に移行していることが読み取れます。この企業・職域型も2019年6月末時点で、約260万人養成されています。また従来型の認知症サポーターののべ養成数は2019年9月末時点で12,773,939人(※1)と、2020年の目標値を半年経過時点でクリアしています。今後の取り組みとしては、引き続き企業・職域型の認知症サポーター養成を推進するほか、オンライン受講用の研修教材の作成や配信用サイトの構築など、受講貴会の拡大を図る取り組みを実施するとしています。
2005年から行われている認知症サポーターの養成も、広く社会に浸透し、単純計算で国民の約10人に1人以上が認知症サポーターということになります。認知症サポーター養成の取り組みは社会に広く根付いて、地域における認知症理解に大きく貢献していると言えるでしょう。また英国のDementia Friendsのように、海外でも日本の取り組みを参考にする国や地域が増えています。一方、これまでは認知症というものを全く知らない人に向けた啓発ツールとして活用されてきましたが、今後は社会づくりや地域づくりの観点も取り入れた次のステップが求められる時期に来ているかもしれません。二階建て方式とし、一階部分は従来型の養成講座を活用しつつ、二階部分は自治体ごとに「今自分たちの地域に必要な啓発のコンテンツは何か」を地域で暮らす認知症のご本人と共に考え、作るのも一案ではないでしょうか。
3.医療・ケア・介護サービス・介護者への支援
(1)早期発見・早期対応、医療体制の整備
「認知症疾患医療センターの設置数 全国で500か所 二次医療圏ごとに1か所以上(2020年度末)」
各地域における認知症医療の核となる「認知症疾患医療センター」の設置が進められています。2019年6月末時点では合計468か所が設置され、1か所以上設置されている二次医療圏域は310か所と全体の93%の実施状況です。今後も設置の推進を図るとともに、あわせて質の向上にも取り組んでいくとされています。また認知症疾患医療センターは現在、その規模や要件に応じて「基幹型」「地域型」「診療所型」の3つに整理されています。今後の取り組みとしては、これらの類型ごとの機能の見直しや役割分担なども含まれています。
さらに、認知症施策推進大綱では認知症疾患医療センターの役割として「診断後支援」にも言及しています。本コラムでも診断後支援の重要性について(認知症政策の国際潮流vol.6 「診断後の『空白期間』における日本の現状」)何度か取り上げていますが、早期対応には不可欠な要素と言えます。すでに多くの認知症疾患医療センターで取り組みが進められ、厚生労働省の調査研究事業を通じた事例収集も進んでいますが、今後は認知症疾患医療センターに過度な負荷がかかりすぎないよう、役割に応じた資源配分や地域ごとでの役割分担のビジョンづくりも必要になります。持続可能な体制づくりの観点から、1つのプレイヤーにいくつもの役割を付与しすぎないことが重要と言えます。
5.研究
(2)研究基盤の構築
「薬剤治験に即刻対応できるコホートを構築」
そして長期的視点で考えたとき、非常に重要なのが研究の推進です。これまでも多くの企業が認知症の疾患修飾薬の開発に向けて研究開発を続けてきましたが、現在のところ開発には至っていません。最近でも候補となる薬の国際共同治験が始まるといった報道もありましたが、私たちに届けられるにはまだ時間がかかりそうです。特に認知症の創薬において課題となっているのが、治験体制の整備です。最近では、アルツハイマー型認知症をはじめ、超早期段階での介入が重要と想定されていますが、この段階の方々は症状が軽いもしくは症状がないために医療機関を受診されるケースが少なく、治験に参加してもらうのが難しい状況にありました。
その解決策の1つとして始まったのが、薬剤治験対応コホート「J-TRC(ジェイ・トラック)」(J-TRCwebページ)です。これは観察研究と呼ばれるタイプの研究で、認知症ではない50歳から80歳の方にwebサイトにボランティアとして登録してもらい、定期的に記憶機能の変化を調べます。また、その中で予防薬の治験に参加頂ける条件を満たした人に対し、アルツハイマー病の予防治験への参加を促すといったことも行います。これによりアルツハイマー病の超早期段階で症状のないうちに診断する方法を研究し確立することを目指すほか、超早期段階で予防する薬の治験に参加する条件が整った方を治験に紹介する体制を作ることを目指します。
こうした取り組みも含め、最終的には日本もしくはアジアの周辺国も連携しながら、産官学が連携した大規模な研究支援の枠組みにつなげることが求められます。日本医療政策機構では、2016年度にAMEDの支援を受けて行った「認知症研究等における国際的な産官学の連携体制(PPP: Public Private Partnerships)のモデル構築と活用のための調査研究」(日本医療政策機構webページ)において、世界で展開されている認知症研究に官民連携体制を調査し、日本における枠組み構築の提言を行いました。公的研究費や民間企業の研究資金のみの運営では持続可能性の面で課題があり、研究者やデータに加えて、資金についても集中する体制が必要と言えます。
おわりに
今回のコラムでは、2019年に政府が公表した認知症施策推進大綱の進捗状況について、最新資料を基にご紹介しました。本資料ですが、進捗の振り返りとして非常に丁寧に作成されています。「何を約束して、どこまでやったか」ということを、大綱の見出しやKPIのみならず、本文の1つ1つに至るまで振り返っています。一方で本資料が公表されたことについて、積極的な広報はされておらず、国民に対する政策推進の説明という観点では、非常にもったいないというのが率直な印象です。
また日本の認知症政策の進捗は、多くの国々が関心を持っています。日本医療政策機構でも、様々な国や地域の研究者や団体などから頻繁に問い合わせがあります。私たちも公表されている最新資料を宝探しの様に探り当てて、回答しています。国際貢献という点でも、また外交政策の一環としても、日本の保健医療に関する情報は大きな価値がありますので、統計資料を含めた政策情報を政府主導で日英含めた多言語で積極的に発信していただきたいと、ここに提言しておきます。
まだまだ辛抱の日々が続きますが、一日も早いCOVID-19の終息を願ってやみません。