認知症政策の国際潮流

最近の国内外の動向も含めた、認知症政策の現状と展望についてご紹介します。

vol. 19

国際社会の認知症政策の現在地―2021―

<POINT>

  • 2021年5月26日、ADI(国際アルツハイマー病協会)より各国の政策評価に関するレポート「From Plan to Impact IV -Progress towards targets of the WHO Global action plan on dementia-」が発表された。 
  • 認知症政策を国家的に策定している国と地域は40に留まっている(うちWHO加盟国は32)。これは、2025年までにWHO加盟国の75%が国家戦略の策定を完了するというWHOの目標から大きく遅れており、目標達成は危機的な状況にある。
  • ADIの政策評価がより各国の認知症国家戦略の改善に寄与するためには、認知症の人や家族の権利保障がどのように行われているか、策定プロセスでどれほど彼らが参画したかについても検証することが必要である。
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    「From Plan to Impact IV」

     さて今回のコラムでは、2021年5月26日に国際アルツハイマー病協会(ADI: Alzheimer’s Disease International)から公表された「From Plan to Impact IV -Progress towards targets of the WHO Global action plan on dementia-(ADIウェブページ)」(以下、「ADI2021年レポート」)についてご紹介いたします。
     
     本レポートシリーズについては、昨年のコラム(「国際社会の認知症政策の現在地」)でもご紹介し、ADIの組織やこのレポートの趣旨などについてご説明いたしましたので、詳しくは上記リンクをご参照ください。
     

    2025年に向けたWHOが掲げる目標に対する進捗は難航

     今回のレポートでは前回に引き続き、世界中の国や地域の認知症国家戦略の策定状況が調査されました。今回の調査では全体で40の国と地域で戦略が策定済みであることが分かり、そのうち世界保健機関(WHO: World Health Organization)に加盟しているのは、32の国と地域でした。昨年のレポートでは、31の国と地域(うちWHO加盟国は27)が策定済みとなっており、微増にとどまっています。ADIもこの結果を重く受け止めており、COVID-19によって世界各国の保健医療政策における認知症の優先度が下がっており、引き続き優先的な政策課題として認知症について訴え続けていくことが必要であるとしています。

     昨年のコラムでもご紹介した通り、WHOのアクションプランでは「WHO加盟国の75%以上が2025年までに、認知症に関する国の政策、戦略、計画、枠組みを策定または更新し、単独または他の政策・計画と整理統合を完了する」ことを目標としています。この目標をクリアするには、今後4年で毎年28の新しい認知症国家戦略が誕生する必要があり、非常に厳しい状況と言えそうです。
     

    評価指標に変化

     そして2020年のレポートとの大きな変化として、各国の国家戦略に対する評価項目が挙げられます。昨年同様、ステージ1からステージ5の大きな項目に加え、さらに各ステージにおいてより詳細な分析が加えられる場合には複数の段階を設け、下図の通りに分類しています。
     
     ADI2021年レポートでは、各ステージの最後尾に「A grouped health plan including dementia…」という項目が追加されています。(2E、3D、4E、5C)これは近年、高齢化や精神疾患、神経疾患、さらにより広範な非感染性疾患(NCDs: Non-communicable Diseases)と統合した認知症戦略を策定する国や地域も相次いでいることが背景にあります。例えば、ADI2021年レポートで「4E」の評価を得ているタンザニアでは、NCDsと一体となった認知症国家戦略を策定しています。ADIとしても単独で認知症国家戦略が策定されることが望ましいとはしながらも、そうした場合にもWHOのアクションプランに準じており、また十分な予算措置が取られていれば問題ないというスタンスでいるようです。
     
     そしてこの評価指標に関して、私は1点訂正をしなくてはなりません。昨年のコラム(「国際社会の認知症政策の現在地」)では、各STAGEのアルファベットについて、より高次の評価であるような記述をしていましたが、これは決してSTAGE内でのランク付けの意図はなく、あくまでそのSTAGE内での状況をより詳細に表しているに過ぎないそうです。

     そして以下では、先ほどお示しした認知症国家戦略が策定済みの40の国と地域のうち、「STAGE5」の評価を受けている国を太字で表しています。昨年のレポートと比較すると、チリ、コスタリカ、フィンランド、アイスランド、アイルランド、マルタ、スコットランドが抜け、新たにボネール、カナダ、中国、ドイツ、ジブラルタル、ロシアが加わっています。つまり前年は「STAGE5」と評価されながら後退している国と地域が存在するということになります。こうした背景には、評価の見直しに加えて、COVID-19により財政的な手当てが難しくなったというケースもあるのではないかと考えられます。

    日本は「5A」から「5B」に

     日本の政策評価については、昨年の「5A」から、ADI2021年レポートでは「5B」となっています。これは前述の通り、「5B」になったことでランクが上がったという直接的なものではありませんが、評価指標の内容を見れば、「5B」が「5A」より充実したものであることは事実であると言えるでしょう。
     
     今回のADI2021年レポートの作成に当たって、光栄なことに私も「Contributor」の一員として、事前に日本の政策に対する評価や現状に関しての意見やコメントを寄せる機会を頂戴しました(ADI2021年レポートのP.41に氏名や所属と共にコメントが掲載されています)。その際には、本連載で紹介した日本の認知症国家戦略に関する評価の状況について(「自国の政策評価を私たちはどう受け止めるか」「認知症施策推進大綱の進捗状況とその発信について」)、コラムの英語原稿を参考資料としてADI側にも共有しました。実際に、厳しい財政状況のなかにあって毎年少しずつ認知症関連予算は増額していますし、政策評価という観点でも国民への発信は不十分ではあるものの、総務省による第三者評価や丁寧な自己評価が行われています。その意味で日本の国家戦略の実態としては、「5A」よりも「5B」が適当であると言えると思います。
     

    より当事者視点の認知症国家戦略へ

     さて、ここまでADI2021年レポートの背景や概要を整理してまいりました。詳細については、ぜひ上記のリンクよりレポート本文をご覧いただければと思います。ADIは各国の現状を詳細に整理し、好事例と共に紹介することで、より一層政策課題としての認知症の優先順位が高まることを目指しています。
     
     僭越ながら私からADIの今後の政策評価に期待することを挙げるとすれば、各国の認知症国家戦略が認知症の人や家族の権利や尊厳について言及しているか、さらにはそれらをどのように保障しようとしているかなどについても比較されていると、世界中でより良い認知症国家戦略の策定につながると考えます。2021年3月に日本医療政策機構と認知症未来共創ハブでは、地方自治体の認知症条例に関する比較研究報告書・政策提言を作成しました。この比較研究では、比較項目に「条例の前文・目的・理念の項目に本人の権利または尊厳への言及がある」「条例の前文・目的・理念の項目に本人の社会参加や役割への言及がある」等を盛り込みました。また同様に条例の比較研究時に着目した点ですが、「策定プロセスに認知症のご本人が参加しているか」といった観点からの比較が行われると面白いのではないかと思います。
     
     今回のコラムでは、ADIの最新レポート「From Plan to Impact IV -Progress towards targets of the WHO Global action plan on dementia-」の概要と簡単な考察をお伝えいたしました。
     

    【参考文献】
    ADI (2021) From Plan to Impact IV -Progress towards targets of the WHO Global action plan on dementia-