認知症の人は、守る対象か
福岡県の大牟田市は、一早く高齢化に直面したことを背景に、20年前から認知症への取り組みを進めてきました。全国から視察が訪れ、全国の認知症フレンドリーコミュニティのお手本のひとつともなっています。そうした大牟田市ですが、ここ数年、認知症に関する取り組みの大きな転換が試みられています。認知症の人を一方的に<守る対象>としてみるのではなく、時には支援を受けながらも、時には地域に貢献する<まちの一員>として捉えていこうというものです。
きっかけは、ある地域住民の声でした。長年、SOSネットワーク模擬訓練に尽力され、認知症への理解も深い方でしたが、ご自身も80代になり、ここ数年、認知機能にも衰えが見えてきました。人の名前や約束を忘れるなど周囲の人も心配するようになりました。本人が参加していた地域のサロンで「認知症ではないか?」ということが噂になり、地域の人はその方を見守るようになりました。
いざ自分が見守られる側に立ってみると、常時、地域の人に見守られているというのは、あまり心地よいものではないと思うようになりました。時には、頼んでもいないのに、自宅の外に置いていたゴミが無くなることがありました(住民がゴミ捨て場に捨てた)。
本当に支援が必要な局面もあるけれど、常に支援が必要という前提で、周囲の人に接されると、息苦しいと言うのです。
模擬訓練を通じて、認知症の人についての理解を深め、住民同士が声をかけあえる関係を作ることの重要性に変わりはありませんが、前提として、認知症の人をどのような存在と位置付けるかによって、活動を通じて住民の間に生まれる認識も変わってきます。
長年認知症に関する活動を続けて浸透を図ってきたがゆえに、こうした気づきが生まれてきたとも言えます。
認知症の人のはたらく場づくり
認知症の人をまちの一員ととらえた活動は、ここ数年、様々な形で生まれています。そのひとつが、認知症の人のはたらく場づくりです。例えば、大牟田市のヤマト運輸では、昨年から配送の仕事を、介護事業所を利用する認知症の人に委託を始めました。宅配業者の悩みのひとつは、日中に荷物を配送した際に不在で、何度か配送をしなくてはならないことです。この委託では、荷物をあらかじめ、地域の介護事業所に届け、そこから先は、介護事業書のスタッフと認知症の人がペアになり、徒歩で荷物を届けます。仕事は、有償のボランティアとして、謝礼も支払われます。認知症の人本人にとっては、他の人のために役立つことがしたいという思いを叶えることができます。また、介護事業所としても、利用されている方や事業所のことを、地域の人に知ってもらい、顔馴染みの関係をつくることができます。宅配業者としても人手確保が課題となる中で、互いにメリットのある活動となっているのです。この他、地元の自動車販売店の洗車や農作業など、地域で必要とされるしごとを認知症の人たちが担うという動きが活発化しつつあります。
まちづくりを担う一員として
認知症になってから感じた暮らしづらさを、まちづくりに活かそうという活動も生まれています。認知症になっても、買い物や交通、公共機関などを利用し続けるために、まちの側はどのような改善や工夫ができるか。そうした問題意識にたって、地域住民や医療福祉の関係者が集まり、まちを改善するためのプロジェクト会議が開催されています。
会議からは、実際の変化も生まれています。例えば、地元の図書館では、認知症に関する特設コーナーが設置されました。これは、認知症の人や家族の声をもとに発案されたものです。認知症と診断された直後に、「今後、自分や家族の暮らしはどのようになっていくのか、まとまって情報が欲しかった」という声を受け、図書館という場所ができることを考えました。医療的な情報だけでなく、支援に関する情報や、暮らし方などについての情報もまとめて知ることができ、診断直後の人々への安心につながっています。
学校と連携した動きもあります。大牟田市の白光中学校では、授業の中で、生徒と高齢者とペアになって、地元の商店街を回り、こうするとより使いやすくなるといった改善案を提言するという取り組みもしています。提言は、行政や地元商店街の方に届けられ、休憩するためのベンチを設置したり、高齢者向けの商品は陳列棚の下部に置いたりなどの改善に役立てられました。
大牟田市では、「認知症の人は、必ず困りごとを抱えていて、支援をしないといけない」という前提ではなく、認知症の人も、当たり前にまちの一員として位置付ける認識が広がりつつあります。支援が必要な局面もあるけれど、認知症の人だからわかること、高齢でも地域に貢献できる役割や仕事を生み出し、“普通に”暮らすことができる地域を目指すようになっています。