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「From Plan to Impact VI」
今回のコラムでは、2023年5月24日に国際アルツハイマー病協会(ADI: Alzheimer’s Disease International)から公表された「From Plan to Impact VI -Making every step count-」(以下、「ADI2023レポート」)についてご紹介いたします。
ADIが作成する本レポートは、毎年各国・地域の認知症国家戦略の策定状況とその事例について取りまとめており、国際的な認知症政策の動向を知るには貴重な資料となっています。本コラムでは、2020年、2021年、2022年のレポートについても紹介しており、今回が4回目となります。
2025年の目標達成には程遠い状況に
今回の調査では、2023年5月時点の認知症国家戦略策定状況として、46の国と地域が策定済みであることが示されました。そのうち世界保健機関(WHO: World Health Organization)に加盟しているのは39ヵ国でした。39か国の内訳は欧州で20、米州で8、東南アジアで2、西太平洋で6(日本を含む)、東地中海で3、アフリカは0となっています。
WHOが2017年に公表した「Global action plan on the public health response to dementia 2017-2025」(以下、WHOアクションプラン)では「WHO加盟国の75%以上が2025年までに、認知症に関する国の政策、戦略、計画、枠組みを策定または更新し、単独または他の政策・計画と整理統合を完了する」ことを目標としています。その達成のためには2025年までの2年間で毎年54の国と地域が新たに国家戦略を策定することが必要とされ、目標達成には程遠い状況であると判断せざるを得ません。
ADIはこれを受けて、WHOに対し、WHOアクションプランを2029年まで延長するよう正式に求める予定です。この延長は、ペースを緩めるものではなく、むしろ各国が事態の緊急性を認識し、国家戦略策定に向けて、認知症のプライオリティーを高める取り組みを再活性化する機会として捉えるべきとしています。
日本の評価は、2023 年も変わらず「5B:政策は承認され、財政措置また進捗評価も実施されている」となっています。レポートでは、リスク低減の取り組みの好事例として、日本が北欧諸国と共同で行っている研究プロジェクトNJ-FINGERSについて紹介されています。このプロジェクトは、ヘルシーエイジングと認知症予防の分野で新たな科学的知見を得ることを目的とし、多因子にわたる予防的介入について国際的な共同研究が行われています。
上図では、先ほど示した認知症国家戦略が策定済みの国と地域のうち、上記の評価指標で「STAGE5」とされている国と地域を太字で示しています。昨年のレポートと比較すると、ボネール島、ジブラルタル、マカオ、ロシア、イングランド、ウェールズ、台湾が抜け、スウェーデンが加わっています。つまり前年は「STAGE5」と評価されながら後退している国と地域が存在するということになります。COVID-19のパンデミックから多くの国が立ち直ったとはいえ、医療システムへの打撃はまだ続いている状況と言えます。
ADIは、今後のパンデミック対応は引き続き重要であるとし、各国は、認知症と非感染性疾患(NCD: Non-Communicable Diseases)のリスク因子を考慮し、治療、ケア、支援への公平なアクセス を確保し、診断経路の途絶を避けるために、将来のパンデミックに対する回復力を構築しなければならないと述べています。
まとめ
今回のコラムでは、2023年ADIレポートの内容についてご紹介しました。世界的に認知症国家戦略の策定数が停滞している中で、今年、日本では認知症政策に推進が見られました。2023年5月には、G7長崎保健大臣会合開催記念認知症シンポジウムが開催されました。英国でG8認知症サミットが開催された2013年から10年という節目を迎え、シンポジウムでは「共生」及び「リスク低減及びイノベーション」をテーマとし、高齢化先進国である日本のリーダーシップの下、国際連携を高めていくことの重要性について議論されました。
また、2023年6月には「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)が成立しました。「共生社会」や「政策形成過程と研究開発への当事者参画」が明記され、日本医療政策機構でも、認知症基本法に対して積極的に政策提言やアドボカシー活動を展開し、共生社会構築や当事者参画といった理念を重視した法律の成立に貢献したと自負しています。
法律の成立は、認知症施策推進のスタートに過ぎませんが、認知症アジェンダが停滞を見せている国際社会の中で、日本の果たす役割は大きいと考えます。共生社会の実現に向けて、政府のみならず、産官学民の関係する全てのステークホルダーが主体的に活動を進めることが重要であり、日本医療政策機構としても市民社会の立場からの働きかけを続けていきたいと考えています。