働く千絵さんの低空飛行

都内に暮らす千絵さんは55歳。2020年秋に軽度認知障害(MCI)と診断された後、あるオフィスに就職します。同僚は千絵さんのMCIを知りません。さあ、離陸です。「あれ、何階に行けばいい?」「あの人は誰?」。次々と航路に現れる「障害物」。果たして千絵さん号のフライトは…

vol. 1

初めまして、飯田千絵と申します

こんにちは。このコラムを担当します飯田千絵と申します。名前は仮名です。都内の、とあるオフィスで働き、とあるマンションに2羽のインコと暮らしています。いま55歳で、おととしの秋にアルツハイマー型認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)と診断されました。その2年くらい前から不調を感じ、一度は「うつ状態」と診断されて薬を飲んだり、整形外科や婦人科にも行ってみたりと、確定診断まで紆余曲折をたどりました。
  
職場や自宅マンションの階数がわからなくなる、料理中であることを忘れて寝てしまい、翌朝キッチンで「これなんだろう?」と戸惑う……。こうした不安が増すなかで「認知症ではないか」と私なりに推測して医師にも訴えたのですが、「お疲れなだけです。認知症の人はそんなにしっかりしゃべれませんから」と一蹴されました。
  
複数の病院をまわり、1年ほどかけて認知症という診断にたどり着いたときには「やっぱり」と、ほっとする気持ちと同時に、「認知症の人って、これからどうやって働いていけばいいの?」という疑問が沸き上がりました。私にとって働くことは、とても大切なことです。「うつ」と診断された当時の派遣先を辞めるときも、本当は何とかして働きつづけたかった。
   
生活の糧を得る手段でもありますし、人と一緒に共同作業をすることが好きなのです。抗うつ剤が体に合わず、毎朝ベッドから出ることすら辛くても、「早く仕事に戻りたい」という気持ちを持ち続けていました。その思いこそが、心身の「どん底」状態から私が這い上がる原動力になったと思います。
   
このコラムは、そんな私がいま、都内のオフィスで毎日どのように働いているのかを、お伝えしていきます。どんな工夫をしているかできるだけ具体的に、便利なお薦めツールなどと一緒にご紹介します。そして、コラムのタイトルにもなっている「低空飛行」というキーワード、私が働く上での心構えのようなことついてもお話ししていきます。
  
  

連載開始にあたって

2022年初夏の千絵さんから

私たちの身体は川のようだと思っています。
細胞は川の水のようにどんどん入れ替わっているのに、外から見える変化は少ないからです。

私は気付いたらアルツハイマー型の川になっていました。認知機能の低下で、出来ることがぐっと減っていたのです。でも、工夫すれば再び出来ることは増えて行くと分かりました。そして、ゆっくりと低空飛行をし、試行錯誤を重ねる毎日だって、ことのほか新鮮で刺激的じゃないかと思えるようになっていきました。

忘れたことを一から学び直していると、まっさらな人生が始まって元の人生と二つを生きているような気持ちにもなれます。この人生と川(私自身)がどう変わって行くのか、一緒に軌跡を覗いてみて下さい。