働く千絵さんの低空飛行

都内に暮らす千絵さんは55歳。2020年秋に軽度認知障害(MCI)と診断された後、あるオフィスに就職します。同僚は千絵さんのMCIを知りません。さあ、離陸です。「あれ、何階に行けばいい?」「あの人は誰?」。次々と航路に現れる「障害物」。果たして千絵さん号のフライトは…

vol. 8

大きな洗濯ばさみの意外な活躍

今日は身だしなみの話です。もともとメイクはあまりしませんが、メイクやファッションへの関心が、薄くなりました。脳が、メモリーを食う情報をできるだけ絞ろうとして、「生きるために必要ない」と判断しているのかもしれません。コーディネートも、気を抜くとちょっとヘンテコになりますし、お正月に久しぶりにあった家族からは「いつも、こんな格好で外に出ているの?」と不思議がられました。
 
さて、どうするか。
 
まず一念発起して断捨離しました。手持ちの服の写真を撮って登録できる「クロダン」というアプリのおかげで、服を減らすついでに残った服を可視化できるようになりました。コロナ対策のステイホームもあって新しい服を買いに行くことも減り、かなりスッキリしました。そのうえで、片づけるルールをきっちり決めました。
 
たとえば、1度着た服は洗濯に回し、洗い終わってアイロンが必要なものは必ず、アイロンのそばにおきます。アイロンが終わったものとアイロン不要の服は、色ごとに分類して、クローゼットや衣装ケースにしまいます。青っぽいものはここ、明るい色のものはここ、といった風にまとめます。着た順に端から収納し、反対側から取り出して着るのもルールです。これは、前日に着た服を覚えていないことが多いので、自動的に同じ服を着続けないようにするための仕組みです。
 
今の私は、紺色の服を着たいと思ったときに、視界の中に入っていない服は「ないもの」と解釈してしまいます。以前だったら、別の場所にしまってある服も「あれがあったはず」と思い起こして探していたのですが……。いまはきっちりルールを決めて、丁寧に暮らすことで不便を乗り切る方針です。
 
アイロンをかけると書きましたが、立体的なつくりの服は前後が分かりづらいときがあり、少し苦手になりました。クリーニング店を頼ることも解決策の一つと考えています。アイロンをまかせられるだけでなく、生地のほつれや、取れたボタンにもプロが気づいてくれるので心強いです。
 
 

セーター着られない→編み出した技

抗うつ剤を飲んでいたころは、着替えに1時間くらいかかっていました。なぜ、そんなに時間がかかるかというと、たとえばセーターをかぶって着るときに、どこから頭を出して、どこから手を出すかが分からないのです。ベッドに寝ている時間が長く体もこわばっていて、あちこち痛いのもつらい。そこで、かぶる前にあらかじめ、襟ぐりに大きめの洗濯ばさみを付けておき、それを目印に頭を出してみると、自然と腕も正しく出せることが分かりました。
 
この時期はスニーカーが左右逆でも気づかず1日過ごしてしまったり、パンプスも左右が分からなくて何度も履き直し、しまいには「違和感がないなら、たとえ逆でもまあいいか」とそのまま出かけてしまったり。ここでも活躍するのが、洗濯ばさみ。帰宅して、靴を脱いだらすぐ、右側に洗濯ばさみを止めることにしました。
 
今はそういう不便はなくなっているので、思い返すとちょっと不思議な気もします。いつか進行したときの症状を疑似体験して、前もって対処法を考えておく機会だったのだと考えています。