働く千絵さんの低空飛行

都内に暮らす千絵さんは55歳。2020年秋に軽度認知障害(MCI)と診断された後、あるオフィスに就職します。同僚は千絵さんのMCIを知りません。さあ、離陸です。「あれ、何階に行けばいい?」「あの人は誰?」。次々と航路に現れる「障害物」。果たして千絵さん号のフライトは…

vol. 10

「できない」をとらえ直すと希望が見える 

こっそりお伝えするのですが、もう今日は疲れているぞ!と思ったら、お昼休みに15分くらい寝ることにしています。帰りの電車も、眠いと思ったら寝てしまいます。そのときは寝過ごしても構わないので自然に目が覚めるまで寝ます。起きたところで、その駅から何とかして帰ってくればいいと割り切っています。もともと睡眠は短い方でしたが、体の不調を感じるうちに、睡眠と思考能力が直結していると気が付きました。「眠い」と思ったらもう頭が働きません。その状態では何をやってもうまくいかないので仮眠をとるようになりました。5分でも10分でも、眠ればスッキリします。
 
日々の睡眠時間をしっかり確保し、できるだけ質の良い睡眠をとることを心がけています。認知症未来共創ハブの連載「となりのおた助くん」で紹介された睡眠アプリ「Sleep Meister」も使っています。休みの日に仮眠をとるときは、このアプリを確認したうえで、何分後に起きるかを決めます。
 
認知症との生活は大変ですよね。体調も安定しません。もう、それは受け止めるしかなくて、逆に、むしろ楽になったこと、たとえば生きづらさが取れたという実感を、私はもっと世の中に発信したいと考えています。
 
「楽になった」とは、つまり、世の中の雑音に惑わされなくなったということです。人付き合いにしても、あの人はどう思うか、この人はどうか、どこらへんが落としどころか……と、以前はしょっちゅう思いを巡らしていたことを一切やめて、「自分がやりたいようにやる」自由をいま感じています。仕事もプライベートも、そんな風に自分中心で考えられるようになったのは、認知症になってよかったことだと思うのです。
 
 

視点を変えると自分の「軸」が見えてきた

転職前に職業訓練校に通いましたが、そのときも、講義のノートがとれないとか、先生の話が記憶に定着しないとか、「できない」ことはたくさんありました。けれど労務や法律の講義を、「認知症の人が働いていく上でどう役立つか」という視点で聞き始めてみると、急に自分の働き方の軸というか、これからの歩き方が見えてきました。そういう希望も、もっと多くの方に伝えていけたらと思います。
 
自由という意味では、本当に好きなことをもっと楽しみたい。うちにはインコが2羽いるので、この子たちとの時間がとても大切です。お花も好きで、いったんは断捨離して植物をかなり減らしたものの、お花を育てることは自分のメンタル面によさそうなので、いまは一生懸命育てています。毎朝出勤前の10分くらい、ベランダのお花たちを眺めるのがルーティンです。
 
家族は東京の外に住んでいます。コロナもあって頻繁に集まれる状況ではありませんが、ちょうどいい距離感を保てています。サバサバしていて、認知症と診断されたことを報告しても、今まで通り。近親者に認知症の人がいなかったため、先入観がないことが幸いしているのかもしれません。
 
15年ほど同じ地域に住み続けています。ここのご近所づきあいが大好きなんです。町内会がしっかりしていて、毎月のように行事がたくさんあり、200人規模の人が出入りします。みんなが顔見知りで、お互いに声をかけあって、親戚みたい。認知症になる前からなんとなく、この町で、いろんな人が伸び伸びと過ごせる居場所づくりができたらいいなと考えていました。障がい者が加わると、その集団はインクルーシブになると聞いたことがあります。まだ妄想の段階ですが、そのうち、この連載の続編のような形で、ご報告できたらいいなと思います。