働く千絵さんの低空飛行

都内に暮らす千絵さんは55歳。2020年秋に軽度認知障害(MCI)と診断された後、あるオフィスに就職します。同僚は千絵さんのMCIを知りません。さあ、離陸です。「あれ、何階に行けばいい?」「あの人は誰?」。次々と航路に現れる「障害物」。果たして千絵さん号のフライトは…

vol. 3

長さ3センチの強力な味方~付箋

今回のメインテーマは、私のメモ術です。
 
職場で使っているパソコンは、終業時間が近づくと電源ボタンの上に付箋が何枚か貼られた状態になります。派手な色の、長さ3センチくらいの小さな付箋です。仕事をしながら、「これは今日中に必ず終わらせる」という項目が出てきたら、この付せんに書いて貼ります。
 
この日が締め切りという差し迫った作業の最中でも、別件の電話がかかってくるなど、ふとしたきっかけで、それが意識から抜け落ちてしまうことがあります。だから絶対に忘れてはいけないことは、このメモに書いておくのです。一日の仕事が終わってパソコンの電源を落とす前に必ず、1枚ずつ剝がしながら確認します。マウスや、パソコンの画面に貼っていたこともありますが、たくさん貼ってあると優先度の高いものが埋もれてしまうため、どうしても忘れてはいけないメモだけ、電源ボタンの上が定位置になりました。
 
ほんとうに電話の多い職場なのです。私一人でも1時間に20~30本をさばくようなときもあります。先輩からは「新人は、電話が鳴ったら1コール終わる前にパッと出て、要件を聞き取って、すべて『折り返します』と答えなさい」と指示されたのですが、受話器の向こうから届くのは、聞き覚えのない長い漢字だらけの専門用語ばかり。しかも口頭ではみなさん略語を使います。必死でメモをとって先輩に渡せば、「これどういう意味?誰から?」と質問攻め。もちろん、記憶なんて残っていません(とは言い返せないのですが)。
 
認知症になって新しいことを覚えるのはもう厳しいと、私自身はすっぱり割り切っている部分があります。その分、これまでのキャリアで培ってきたスキルと経験を工面していくという発想に切り替えました。仕事では、今日ご紹介した付箋メモや、前回お伝えしたExcelを使った自分専用マニュアルを頼りにしています。
 
プライベートでも、とにかく自分の脳を酷使せず、デジタルのメモに頼ることにしています。スマートフォンのメモ機能を使えば、クラウド上にも同期されてバックアップができます。会員登録したウェブサービスのIDとパスワード、マンションのポストの番号など、あらゆる情報をメモに記録しています。秘密の情報は、自分にしか分からない暗号にして保存してあります。家族の誕生日もメモ。スマホのアドレス帳のメモ欄には、友人が転職した時期や、どこからどこに移ったという情報も書いておきます。
 
メモに関してはまだまだ私なりのノウハウがあるので、次回は、買い物や料理の工夫と合わせてお伝えします。