今回は、職場の話題に戻ろうと思います。いま私は、上長を含めて15人くらいのチームで働いています。女性は3人と少数派。このうち私も含めた10人が、ほぼ同じ仕事を分担しています。同僚はだれも、私が認知症の診断を受けていることを知りません。周りの人からは、ちょっとボーッとした人という感じで見られているのかな。働き始めて半年過ぎたあたりで上司と面談もしたのですが、「仕事はちゃんとやっている」と、評価をしていただいているようです。
うまくソフトランディングできたことには、いくつかの理由が思い当たります。一つは、分からないことを聞くのは恥ではないという心構えをしっかり持って転職したこと。以前の私は、何とか自分で解決しよう、人の手を煩わせてはいけないと考えがちでした。2019年に不調を感じはじめ、当時の派遣先を辞めて、そのあとでようやく認知症の診断も出て……、今回の就職までの約2年の間に「認知症として自分はどうやっていくか」をしっかり考えました。
その目線でいくと、職場で「新人なので」と言える時期はチャンスなのです。それも、二度と巡ってこない大きなチャンス。それに、私と同期で採用された人がもう一人いたことと、他部署から異動してきたばかりの先輩が多いこともラッキーでした。「仕事が分からない」という状況を互いに共感しあうことができ、助かりました。
もう一つは、超繁忙期に就職したことです。ただでさえ4月は忙しいものですが、この年は3年に一度の大イベントがあって1500件以上の書類が続々と届いていました。もう、本当にすごく忙しい。その代わり、要求されるタスクがかなり限定されます。単純業務といってもいいくらい。割り当てられた書類の処理に集中すればよく、しかも「新人」なので、多少作業がスケジュール通りに進まない分は、先輩が引き取ってくれたりもします。電話やファクスで立ったり座ったりの中断はあるものの、基本的には自分の席で黙々と作業を進めればいいので、同時並行で、以前ご紹介したようなExcelでの自分用データベースをコツコツとつくることもでき、自分なりのペースで仕事に慣れることができました。
雑談情報はスマホにこっそりメモ
実は、Excelでつくる仕事データベースのほかに、スマートフォンにも職場に関するメモがあり、雑談で話したことなどを記録しています。チーム全員の名前を書き留めて、たとえばAさんだったら、以前はどこの課にいて、この職場は何年目とか。Bさんはこの仕事の書類記載例を作った人で、Cさんは初日に業務の説明をしてくれたとか。住んでいる場所やお子さんが何人といった情報も書いておきます。
話しながら、覚えておいた方がいいと思ったことは、3センチくらいの小さな付箋に書いてスマートフォンに貼っておきます。この連載でたびたび登場する付箋です。あとでお昼休みやトイレに立ったついでに、スマホのメモアプリに書き写します。ただ、それほど厳密には考えていません。付箋を見ても「何の話だったかな」と思い出せないこともあります。そのときはスパッと割り切ります。本当に重要なことは、きっとまた別の機会に話題になると思うので。
すべてがスムーズというわけでもありません。隣の席の女性と反りが合わず、戸惑うこともありました。たとえば彼女は、「はい、これ飯田さんの好きな雑用。やりたいんでしょ?」と、上司の指示もなく、私に仕事を押し付けようとします。
郵便物を取りに行くとか、テプラでラベルをつくるとか、シンプルな作業を率先して私が引き受けているのは事実です。それは、「新人だから」と難しそうな業務を先輩方に交代してもらっているので、認知機能への負荷が軽そうなことは進んで取り組もうという思いがあるからです。きちんと挨拶をしたり、ごみを拾ったりして職場の雰囲気がよくなれば、結果的に自分の働く環境を整えることにもなりますよね。とはいえ「雑用が好き」と表立って宣言したわけではありません。彼女はほかにも、私が付箋を使いすぎだとか、ノートは職場所定のノートを使うべきだとか、気に食わないことがあるようでした。
緊迫⁈意外な幕引きで拍子抜け
職場には私の認知症を伏せてあり、ふだんから言動に気を付けて、できるだけ目立たないようにしています。隣の席の人とうまく付き合えないようなイメージが同僚たちに広まってしまうのは不本意だなと思っていたところ、あるときから書類を入れるワゴンの置き場所をめぐって彼女ともめるようになりました。私の業務にそのワゴンは必要ないのですが、彼女はなぜか「あなたのために必要」と言い張って私のデスクの引き出しをふさぐように置きます。隙を見て別の場所に移動させても彼女がまた戻してしまうし、私が引き出しを開け閉めするたびにそのワゴンが通路にはみ出すことになり、通路を通る人を邪魔してしまう。さすがに困って別の同僚に相談したところ、上司に掛け合ってくれることになりました。
実は以前から、その女性にまつわるトラブルは上司に報告されていたようです。面談では、具体的に私と彼女の間でどういうことがあったかを確認されたうえで、「飯田さんたちには新しい業務を担当してもらう」という理由で、その女性と席を離すと伝えられました。ただ、席替えの前に彼女は「仕事が合わない」と自ら退職。意外な形で結末を迎えました。