働く千絵さんの低空飛行

都内に暮らす千絵さんは55歳。2020年秋に軽度認知障害(MCI)と診断された後、あるオフィスに就職します。同僚は千絵さんのMCIを知りません。さあ、離陸です。「あれ、何階に行けばいい?」「あの人は誰?」。次々と航路に現れる「障害物」。果たして千絵さん号のフライトは…

vol. 6

私が「低空飛行作戦」を貫く理由

前回のコラムで、「新しい仕事をまかせる」と上司に面談で言われたことを書きました。定期的に報告書を送ってくる事業所に、直接訪ねて行く機会のある業務です。興味のある内容なのでうれしい反面、不安も感じました。認知症になって、新しい知識を積み上げることがどうしても苦手になっているのは事実です。だから「順調に成長する」と思われるのは、過度な期待を背負うことになり、少し気が重くなります。
 
タイトルにもある通り、私はこの職場では「低空飛行」を貫こうと思っています。今日は、そのあたりのことをお話しします。
 
きっかけは、若年性認知症当事者の先輩である平井正明さんとのお話でした。認知症未来共創ハブのご紹介でZoomを介して、診断の経緯や、転職してからの働き方などをお話ししました。新しい仕事をはじめるプレッシャーや、超繁忙期の負荷をどうサバイブしているかなど、平井さんがとても親身になって聞いてくださるので、いつの間にか「火事場の馬鹿力を温存するのが、私の作戦です」と、自分の思いが口をついて出ていました。
 
 

ステルス飛行でこっそり上を向く

仕事にはやりがいを感じており、提案したいこともあります。チームの仕事の進め方も、もっと改善できる点があると感じています。一方で私は、以前のようなには働けません。単純業務でも、昔の3倍くらい時間がかかります。とても疲れやすく、急にパタッと集中が途切れます。いつそうなるか分からないため、セーブしながらそろそろと働くことが重要になります。「低空飛行作戦」に込めた意味の一つは、「頑張りすぎない」という自制です。
 
もう一つの意味は、ステルス飛行のように影を潜めてこっそり成長するという狙いです。自分が認知症になってみて、一般的な「認知症のイメージ」とのギャップに気づきました。私の体感では、生活が急変するわけではなく、気づかないうちにいろんな機能がちょっとずつ低下していく感じ。ある日、手を切って使えなくなったという衝撃とは異なります。
確かに、生きづらいことはあるけれど、徐々に、認知症とともに生きていく心構えができて、それなりにやっていく術も編み出して来られています。ここまでにご紹介してきた工夫も、その一部です。だから、右肩上がりのきれいな成長曲線にはならなくても、雑草のように、誰も気づかないうちにひっそりと成長を遂げている、そんな働き方をしていきたいと考えています。