とある方のライフヒストリー

フィールドワークで出会った方々の、豊かな語りをなるべくそのままに。話し手も聞き手もその時出会ったからこそ、そこで話された物語を、ライフヒストリーの形で掲載します。

vol. 7

千住から、永代通り。木場の風呂屋に嫁ぐ十八歳。(3)

一枝さん

——— その、銭湯の番台時代も、服は買ったことはないですか?
お友達が、洋裁学校の偉い人のやってた人がいたの。その人がいいきれ見つけると、作ろうか、作ってって、二人できれ見に行って、これがいいやってスカート作ったりとかして。だけど、私が作ったの、ここ入る前にみんな、破いてきた。私、四角い襟が好きだったの。自分で作ったワンピース。
 
——— 全部、破いてきたんですか。
あと、これは皆、友達が作ったりとか。そうじゃないかな。
 
——— 既製品じゃないんですよね。
既製品は着ない。ズボンぐらいかな。以上です。
 
——— そのすてきなお召し物着てここの駄菓子屋に立たれている写真を拝見して。すごく印象に残っています。そのお召し物。
そうなの。すみません。今は、破れたのも全部、自分で直します。ほころびるでしょ。もう何十年も着てれば。全部やります。
 
——— いろいろ多才で、お伺いしたいことたくさんあるんですけど、あそこの駄菓子屋さんで、一番最初に働かれようって思ったきっかけはなんですか。
あれ、何だったのかなあ。分かんないんですけどね。ああいうのは好きですよ。番台やってたくらいだから。普通の人じゃ、サラリーマンの奥さんじゃできないでしょ。番台で、たたかれて育ったから。番台だって、みんないいお客さん来るわけじゃないですよ。中にはやくざっぽいのも来たしね。気が強いから。ほーんと。でも、泣きながら私、したこともありますよ。やなお客さんもいるでしょ。いるでしょっつったら、悪いけど。早く帰んないかなっつって。いろんな人、そういうこともありました。
 
でも、父親に、「絶対に何かあってもおまえから手を出すな」と。そう言われたから。「悪口は言うな、内緒っていう言葉は使うな」と言われた。「これ内緒よって言ったその言葉がいけないんだから、これ内緒にしてねっていうことを絶対に言うな」って言われた。そうやって育ったんですよ。
 
——— じゃあ、その番台の活躍から考えれば、店番ぐらいは、軽いものだった。
もうみんな、来てるお客さんなんかは、かえって今の人たち、知らないでしょう。子どもなんか、お金をぱーんと置くのいますよ。「あのね、お金っていうのは、ちゃんと置かなきゃ駄目なんだよ」って。そういうのは、やりますよ。

——— ちゃんとしつけをして。
だって、そうですよ。番台やってて、お金ぽんと放り出して、「私はお金もらうだけじゃないんです。あんた、お風呂入ってお湯使うでしょ。お湯は川の水じゃないのよ」ってけんかしたことありますよ。「ああ、ごめんね」って。そういうこともありましたよ。もともと風呂屋の子だからね。うちのお風呂湯って水道ですからね、「川の水使ってんじゃないんだって、水道使ってるんだから」ってやりましたね。お客さんと。
 
——— ここのお店番も、お子さんたちが来て、お金、ぱんってこともありました?
「もうそっとね、静かに置きな」「お父さんが働いてきたお金だから、静かに置いて」って言ったら、その子が次に来たとき、置こうとすっと、ちゃんと「はい」って。
 
——— 素晴らしい。
そうですよ。お母さんもそういうの知らない人いるでしょ。お金なんて平気でぱっと置く人いるじゃないですか。私、商売してて、お金をばんと置かれるのが一番嫌だったんですよ。若い頃ね。だって、あんた、お金だけ置いて帰るんだったら、私はもうけいいって、だけど、お湯を何杯使うのって、けんかしたことありますよ。「あのお湯は川の水じゃないんだよ、水道なんだからね」って言って。私も悪かったんだよ。
 
——— 実際お店番していた、お店に行ってみますか。どんな感じでここで働かれていたか教えてください。
 
 
(お店に移動。現在はコロナ流行の影響で閉まっている)
 
 
私がここに座ってたのよねえ。ここで座って。

——— じゃあ、ここでさっきの、お子さんが、お金をぱんって、置くと。
お金置くとこがあったので、ぱーんと置くと、「お金をそういう置き方しちゃいけない」。余計なこと言った。だって、そうじゃないですか。「駄菓子屋じゃなくたって、お金っていうのは、そうじゃないよ」って言ったらね。そういうことがありました。だって、はい、50円だよって言って、50円、そおっと置くのと、お金放り投げるのと、どうですか。
 
——— 全然違いますよね。
そうでしょ。
 
——— そうですよねえ。店番されていて、うれしかったこととかありますか?
うれしかったこと。それは、お手伝いをできたってことは、うれしいし、計算が一足す二でも、できればうれしいことでしょ。でも、買いに来たお母さんが、30円のもの3つ、買ったんですよ。子ども。で、「ああ、3×3=9だね」って言ったら、「あら、掛け算できるの」って言われたのはショックでした。そういうことありました。だから、こういう所にいるばばあは何にもできないと思ってんじゃないですか。えっ、計算できるのって言われてさ、私のほうが、えっ。びっくりしちゃった。そういうことありました。早くやると楽しいのにね。

 
——— 結構、お客さんは来るんですか?
お客さん。だって、月、どのくらい売れたか。売れたときはあんでしょ。まあ、朝から晩までじゃないですけどね。職員さんが大変なとき呼ばれたら、「いいよお」って言って。
 
——— 一枝さんは、あれですか。もう、できれば毎日やりたいなって感じでしたか。
そんなことはどうかなあ。でも、退屈して、テレビだってつまんないときとかあるでしょう。うん。別に嫌じゃなかったですね。
 
——— 誰もいなければ、いつでもやっちゃおうかなっていう感じですか。
そうですね。だって、ね。決まったお菓子売ってるんだもんね。
 
——— ちなみに、お店にいられたときは、何と呼ばれてたんですか。
何て呼ばれたって、買いに来る人、おばあちゃーんって言って。そんなもんかな。
 
——— 一枝さんに会いにきたい子も、いっぱいいたんじゃないですかねえ。
そんなことないです。うん。お父さんも一緒に買いに来てくれたり。
 
——— お客さんは、基本的には小学生と…。
そうですね。お父さんも一緒に来たりとか、お母さんも来たりとかね。ああ、こういう、この辺なんか、駄菓子屋さんないでしょ。デパートまで行かなきゃないから。子どもがいいのが売ってるよってんで来たのよって人もいました。「どれでもおいしいですから、どうぞ」ってって。本当、ちゃんとここのスタッフの人が吟味して、たとえ10円のお菓子でも、変なものは置いてなかったです。私も一応、味見をしてみました。これなら大丈夫だなあと。あるじゃないですか。でも、私たちの子ども時代と違ったら、今はみんな、いいもの使って、いい調味料使って、あんまり、変なの入ってないですよね。
 
——— 店番としては、変なものが入ってないかっていうのも気にされますよね。
やっぱり、そうですよ。だって、せっかく仕入れてくるのに、いろんなもの入ってないほうがいいでしょう。私、一応、ちょっと見ますよ。
 
——— 安心して売っていいものなのか確認されていたのですね。
それは、今、どこでもそうじゃないですか。以上ですけど。
 
——— お店に立つときに、こだわっていたことはありますか?
店番?ないわ。私もここの住人だもん。でも、お手伝いできるってことは、幸せだと思う。ね。分かんないで、まだ、二足す三は五でできるかなと思ったり。頭の体操。ねえ。だから、掛け算できるのって言われたとき、30円のもの3つ買ったから、「3×3=9で、90円です」ったら、「あら、計算できるんですか」って言われちゃって。ええって。
顔見ましたよ。私も一応、ちょっとした学校行ったから、九九算。私らの時代は、育った時代が悪いからね。そうよお。だから、子どもに、こういう状態なんだよって言ったら、ああいう所で仕事してるおばあさんって、みんなばかに見えるのかななんて話したりさあ。そんなことない。今のおばあさんだって、昔のばあさんたちと違うもんね。みんな、できるじゃないですか。でも、計算できるのって言われたとき、大ショック。そういうことありましたね。あとはもう、ここのスタッフの方がみんなよくやってるから。
 
——— 一枝さんは、店番やるってなると、一日あそこにいらしたんですか、それとも1時間とか、お昼だけとか。
いや。どうなんだろう。分かんないな。誰か、スタッフの手が空いたら交代したとか。別に何時間…。
 
——— じゃあ、ずうっとあそこにいたわけじゃないんですよね。一日中あそこで。
それはないですよ。
 
——— お客さんは、どんどん来ていましたか。
ねえ。月にそれなりに売れたんでしょう。そういうの私は知らない。ただ、新聞に出たって。あんとき、月いくらとかって、出ましたでしょう。それくらいしか知らない。あとは知らない。今日売り上げ幾らとかってのは、それは知らない。だって、私、関係ないじゃない。私は売ればいんだもん。これ、おいしいですよって、買わせちゃうのはあるよ。
 
——— 商売上手。
だって、そうじゃない。それも、一万、二万するわけじゃないしさ、10円、20円。「それ、おいしいよ」って言ったら、「じゃ、買ってみようかな」っていうのもあります。そういう商売は、やっぱ商人の子だからね。
 
——— こうしてお話し伺っていると、ここに入ったときには、本当に寂しくってつらくてと仰っていたことと、今の店番されているご様子が、お元気そうで結び付かないのですが。
だって、最初は、変な話、お食事が出るでしょ。そうすっと、一人で食べたことない。大勢の家族の中にいたから。お膳なんて、うちなんて、番頭さん、女中さん、家族でお膳3つぐらい並ぶんだから。そんで食べるでしょう。遅れて来る番頭さんなんか、箱お膳ってあったんです。あれで食べたから、一人でっていうのは、覚えがないもん。ここで一人になったとき、なんで私がこんな年なって、こんな思いするのかなって泣いたんじゃないかな。ちょっと、まあ…人のことはよそうね。もう何だろう。分かんない。でも、店番とかそういうのは、やじゃないですよ。
 
他の方も、よく私がやってて、後ろに座ってる方が見てるから、「やりなさいよ」って「品物売るのはいいけど、計算一人するのはやだ」っていうのがよくありましたね。だけど、「何千万、何百万のお金じゃなくて、10円、20円、100円の計算なのよ」なんて冗談言ったりしたことはありますね。あと、スタッフがやって、いろいろやったら、「来て」って言ってやったりとか、そんなもんですか。



(4)に続く
※ 人物の名称は仮名です