とある方のライフヒストリー

フィールドワークで出会った方々の、豊かな語りをなるべくそのままに。話し手も聞き手もその時出会ったからこそ、そこで話された物語を、ライフヒストリーの形で掲載します。

vol. 10

母なるもの(2)

月子さん、日出代さん

——— 入られたのはいつ頃だったんですか。
月子    私? ここへ来たのはちょうど1年遅いの、私。
日出代   1年?
月子     12月の17日。
   
——— 1月17って言ってましたね。
日出代   私、1月だから10カ月早いのね。
月子    私、12月の17日ですね。
日出代   じゃあ、私、1月17日。
   
——— こちら1年たってない?
月子    1カ月やっとです。
   
——— そうなんですね。それまではおうちにおられたってことですよね。
月子    うちにいたときには息子のお弁当作ってた、朝。
日出代   すごい。
月子    週4回ね。あとはみんな、嫁に任せてました。だけど、ちょっとうちで転んじゃったからね。で、動けないでしょう、転んだら。それで、これじゃしょうがないねっていってね、それで決めました。
日出代   でも、よかったですか、入られて。
月子    そうですね。だって私、決めないことにはね。
日出代   そうなのね。「入って」って言われて入るのと、自分から、「私、入居したいわ」っつって入るのと。私なんかもう、こんなでも早く入居するわって言って。ひとりで住んでたんですね、マンションにね。だから、いていられないことはないんですけど、長男夫婦と孫もいたんですけど、もうみんな成人しちゃってね。だけど、私がいずれかそこにずっといると、お嫁さんに迷惑掛けちゃうし、息子はちょっと他へ今、単身で行ってるものですから、迷惑掛けるのも嫌だし、じゃあ、ひとりでぼそっとしてるより、こういう所で入ったほうが。
月子    そりゃそうですね。
日出代   元気でいられるかと思って。うつ病みたいになっちゃうと困るからね。私、そういうの嫌だし、そうかといって、毎日、出歩いてるのも大変なことだしね。それで、こういう所に見に来て、何軒か見て、で、ここ。
   
——— じゃあ、結構、計画というか。
日出代   計画、そうですね。私、いずれかお世話にならないで、こういう所入ってって。
   
——— 心に決めてらっしゃったんですね。
日出代   決めてましたね。うちの母も、子どもたちに世話になりたくないからっつって88で入居したの。88で入居しましたね。いい所、また入居して、すごく幸せだったのね。またよくしていただいて。だから、じゃあ、私もそうしようなんて思ってね。母の見てましてね、私も決めました。だから妹にも、妹、7つ違いで独身なんですね。だから、あなたもそうしなさいっつって。だから、もう人さまに迷惑掛けたりするより、こういう所に元気なうちに入りなさいねって。具合悪くなってお世話になりますよりも、ある程度元気でそこの内容も分かって、できることはさしてもらって、そのほうがいいからねって。あなた自身もそのほうが住みやすい。

月子    でも、ここに入るに結構、自分の気持ちが、決断するのが大変でしたよ。そうでもない?
日出代   私、そうでもない。もう自分から行くっていうことで。
月子    そう。私は決断が要りました、家族いましたからね。
日出代   私、もう主人もいないし、だから気楽。自分の意思で決めちゃいました。でも、誰も止める人もいないし。
月子    自分で決めたからには、どんなことがあっても我慢しなきゃならない。
日出代   そう。もう嫌だ、帰りたいとは言えないですね。万が一何かあってもね。でも今のところ、そんなに嫌なあれはないです、おかげさまで。1年たってもね。本当、ありがたいですよね。だから1年たってないっていうことは、これからも先、ないと思ってます。あと、自分の心の持ちようもあるかなと思って。自分が嫌だと思えばそうなっちゃうし、やっぱり楽しいと思ってくようすれば、そうなって…。
月子    ここなりに楽しいこと。
日出代   ありますよね。
    
——— 月子さんから見て、さっき、お掛けになるのもちょっとお手伝いされていましたが。
月子    そう。全部手伝っていただいてるの。
   
——— 月子さんにとって日出代さんはどんな存在ですか。
日出代   どんな存在ですか。
月子    割に近いんだよね、私とね。
日出代   ここ? 席は。
月子    席も近いけど、うちのほうも近いよ。
日出代   お部屋? お部屋ね。お部屋近い。
月子    お部屋も近いし、今まで住んでた所も割に近いね。
   
——— そうなんですね。どちらにお住まいだったんですか。
日出代   私は駅から南に4、5分の所。
   
——— 月子さんはどの辺?
月子    私も海側です。歩いて10分ぐらいですね。
月子    パンフレット送っていただいたのね。
日出代   息子さんがなんか。
月子    そう、息子がね。
日出代   息子さんが探してくだすったみたい。
月子    それでここの館長さんに電話して、そのとき感じがいいから、ちょっと行ってみない? って言われて、私も心に決めてたから、それで来てみた。それが11月の3日に来たんです。それで12月の17日に入ることに決めました。
   
——— もうずっと、この辺ににお住まいなんですか。
月子    そうです。60年住んでました。
   
——— 60年。そこで何かされてたんですか、おうちで。
月子    いや、特別に何かしてるってことじゃ。主婦が専業ですから。それで町会の老人会に入って、老人会で体操したりね。老人会の会計したりね。
   
——— 生まれもこちらだったんですか?
月子    生まれは四街道です。で、小学校からは群馬行きました。それで今の住まいに。結婚してからそこ。
   
——— 地元が近くっていいですね。
月子    ええ。車で10分かかんないからね。それも第一番に決まったことです。近いってこととね。やっぱし60年住んでたら、知らない土地行きたくないですよ。
日出代   こういういい所があってね。で、新しかったでしょう。
月子    便利だしね。
日出代   だから本当に私たち、幸せでした。
月子    買い物って今まで自由にできてたでしょう。それができないからすごくつまんない。
日出代   そこのファミマとか行ってね、よかったけど。
月子    そこ行くときもほら、ここで行きますよって言って。車が通るんですね。
   

   
——— 一緒に誰か行ってくれるんですか。
月子    私、この前はこちらのヘルパーさん、一緒に行ってくれた。
日出代   ここ渡るんで。狭いですけど、意外と車がね。スピード出すからここ、怖いんですよ。私なんかでもすごく慎重よ。だからこちら、怖いと思う。私も60年いても、知らないんです。

——— 地元の海側から、こちらの高台には、もともと来る機会がなかったんですね。
日出代   あそこ、漁師町でしょう。だから私、嫁いだとき、60何年前、すごい言葉が悪いんですよ。私は漁師町じゃなくてちょっと離れてたの。そしたら、その奥さん、漁師町から嫁がれた方だから、私より幾つ上だったか、言葉がすごい乱暴なの。びっくりしちゃった。びっくりしたでしょうって言われたんですけど、本当にびっくりしちゃった。大きい声で言葉が荒いでしょう。
月子    そう。
日出代   あっちの漁師町の言葉でね。
月子    漁師町やね。
日出代   すごいですよ。だからちょうど寒い12月頃だか、のりをね、こうやってあれしてますね。青のりがおいしいとかいってね。
月子    そう、正解。
日出代   青のり、香りがいい。磯の香り?
月子    お雑煮に入れたりね。
月子    香りが本当いいんですよ。
月子    それで空き地がいっぱいあったみたいですよ、船橋って。のり干せる場所。
日出代   のり干しね。それで、あそこ、皆さん、何かでもらったんでしょう。かなり、漁師町の方ね。
月子    漁業権?
日出代   漁業権。それで、みんな、新しいおうちが建つようになって。それまでかなりあの辺、貧しいおうちたくさんあって。だから新しいおうちがだいぶ建ちましたね。漁業権、下りてね。私が嫁いでからの話よ、それね。あそこ通ると、きれいになったなっていう感じで、通りましたね。だから船橋って農業あり、漁師町あり、それからサラリーマンもあるし、すごい所だなと思いましたね。で、船橋駅周辺ってすごいじゃないですか。あそこにも昔、何、何市? 闇市じゃないですけど。
月子    闇市。
日出代   闇市があったんで、出てたの。
月子    ありましたね。
日出代   あそこずっと出てたの。ほんで、お魚売ってる人もあれば、なんかいろんなものを売ってたんですよ。だから、今の船橋はきれいになりました。もうお友達に私、嫁いですぐ、遊びにいらしてなんて言えないの、恥ずかしくて。そのぐらい汚かった。落ち着いてから、いらしていただいたけど。
月子     駅、降りると魚の臭いがした。
日出代   臭いがするの。
   
——— おでん種の店がありましたね、私鉄の駅の近くに。
日出代   ありましたね。何しろ汚かったですね。もう今は船橋つっても恥ずかしくないですが、もう本当、昔は恥ずかしかった。そんぐらい恥ずかしかったね。



(3)に続く
※ 人物の名称は仮名です