ケーススタディ編は誰にとっても欠かせない「食」からスタートします。
認知症のある⽅にとって、食事は1⽇の栄養や活⼒を得るだけでなく、三度の機会で1⽇の⽣活リズムを保ち、家族や周囲の⽅々とのコミュニケーションを生み出すなど、大切な役割を果たします。認知症の症状により⾷事の時間を忘れてしまったり、⾷事をしたかどうか分からなくなってしまったり、食器を上手に扱えなくなったり、食事に関してたくさんの困りごとが生まれることがあります。そんな認知症のある方の「⾷」を⽀えるデザイン事例をご紹介します。
1. 認知症にやさしい食器とカトラリー「eat well」
アメリカ在住の台湾人プロダクトデザイナー、シャ・ヤオ(Sha Yao)氏が、アルツハイマー病の祖母との生活経験をもとに、Academy of Art University在学中から4年の歳月をかけ、ケアハウスでのリサーチとプロトタイプ制作を重ねてデザインしたのが、認知症にやさしい食器セット「eat well」です。
人間中心のデザインアプローチによって完成された「eat well」には、21のデザイン上の工夫が盛り込まれています。その工夫のひとつが鮮やかなカラーリングです。どんな食べ物が盛られても、明確な色対比ができる皿底の鮮やかなブルー。皿の位置関係が簡単に把握できる、真っ赤な皿の縁など、認知症のある方の空間認識を色によってサポートする配慮があります。また、食器の形状そのものにも様々な工夫が凝らしてあります。皿に残った食べ物を簡単にすくうことができるようにゆるやかに傾いた底と、その底の形状にぴったり合うスプーン。すべてケアハウスでのデザイナー自身によるリサーチから得た知見が、かたちになっています。
2014年には「細かい設計上のデザインが、意図的かつ実際のユーザーによる多数のテストによって決定されたという点で素晴らしい」という評価を得て、スタンフォード・デザイン・チャレンジで最優秀賞を受賞しました。
【ヒト・組織】シャ・ヤオ(Sha Yao)
【エリア】米国|サンフランシスコ
【出典】eat well
【関連する生活課題】食器、食卓、後片付け
【該当する64心身機能障害アイコン】
2. プラッツマット〜ノンスリップ・テーブルセッティング・マット〜
プラッツマットは、鮮やかな単色印刷ではっきりと皿やカトラリーの配置関係を示した、シリコンゴム製のシンプルなマットです。赤、青、緑、3色の展開。皿やカトラリーをどこに配置すれば良いのか?と不安を感じることなく、自ら食事の配膳に積極的に参加できるツールです。滑りにくく、汚れたら布巾で拭くか、そのまま水を流して洗えるため、食事の準備や片付けする側の負担も軽減できます。毎日の食卓の雰囲気をより良く、豊かにする立役者となるでしょう。
【ヒト・組織】E2L Products Ltd.
【エリア】英国|モンマス
【出典】Platzmat™ – A non-slip table-setting place mat for people with Dementia
【関連する生活課題】食事の準備、食卓、食器、後片付け
【該当する64心身機能障害アイコン】
3. カット防止手袋「ノー クライ」
料理をする楽しみを維持することは、認知症のある方が規則正しく毎日を過ごし、家族と一緒に料理について話したりしながら食事をする機会を生み出すなどの点で、非常に重要です。「料理がしたい」と思う気持ちを、包丁による手のケガが心配だからという理由だけで無視してしまうのは、あまりにも代償が大きいでしょう。そこでカット・レジスタント手袋という、ガラスファイバーとポリウレタン弾性繊維から出来た調理アイテムが有効です。ここで紹介するNoCryのカット・レジスタント手袋には、SからXLまで豊富なサイズがあり、様々なシーンで活躍しそうです。
【ヒト・組織】NoCry Tools & Gear
【エリア】エストニア|タリン
【出典】No Cry
【関連する生活課題】包丁、食事の準備
【該当する64心身機能障害アイコン】
4. インテリジェント水分補給システム「ドロップレッド」
人間の身体は6割を水分が占めると言われる程、多くの水を必要としています。高齢になると感覚機能の低下によって喉が渇いていることに気づきにくくなり、認知症のある方は特にその傾向が強まります(参照:戸田病院 認知症疾患医療センターwebページ)。脱水症・熱中症を防ぐため、日常的にこまめな水分補給を促すサポートが必要になってきますが、デザインとテクノロジーでこの課題に対処しているのが、インテリジェント水分補給システム「ドロップレット」です。
「ドロップレット」は、ハンドルの付いたマグカップと透明グラスのタンブラーで、下部にドロップレット・ベースと呼ばれる機器が合体し、一定時間が経過するとベース機器が光を発しながら「しばらくお水を飲んでいないので、お水を飲んでください。体に良いですよ」と音声で水分補給を促してくれたり、就寝中はドロップレット・ベースが光るため、水がどこにあるかが見つけやすくなります。また家族や身近な人の声を録音して自動再生する事もできるので、水分補給の促しに周囲の人が四六時中気を遣う必要がなくなります。
家庭で「ドロップレット」を活用するのはもちろんですが、病院やケアハウスなどでも導入実績があり、「ドロップレット」を使用することで普段より水分補給が1日60%(500ml以上)向上したという実績も報告されています。
【ヒト・組織】Spearmark
【エリア】英国|ケンブリッジシャー
【出典】droplet
【関連する生活課題】水分補給
【該当する64心身機能障害アイコン】
5. 予定通知(リマインダー)機能付き時計
自立した生活を送る為に、食事の時間、薬を飲む時間、就寝時間等、毎日繰り返し行うスケジュールを把握できるかどうかは非常に重要です。認知症にやさしいアイテムだけを扱うオンラインショップ LiveBetterWith の「デイクロック&リマインダー」や、Medpage Ltdの「メンラブル2 認知症クロック」は、識別しやすい黒と黄色のコントラストで大きな画面に情報を表示し、曜日や24時間の理解が難しいために、予定・計画を保持・想起できない等の障害がある方の生活をサポートします。認知症の程度や好みに合わせて、時間を数字で表示したり、文章で「朝食の時間です」と伝えたり、家族が映像で「おじいちゃん、食事の時間ですよ」と伝える場合など、様々なチョイスの中からカスタマイズが可能です。大切にしているお孫さんから「美味しくたべてね」と個人的なメッセージがあれば、一人暮らしの方でも食事の時間が嬉しくなりそうです。
【ヒト・組織】LiveBetterWith、Medpageなど
【エリア】英国
【出典】Day Reminder Clock、MemRabel 2 Day Clock with Reminders
【関連する生活課題】食事のタイミング・今日の予定・予定の確認
【該当する64心身機能障害アイコン】
6. ケア・セクター・メニューブック
認知症のある方に「いま何を食べたいか?」の意思決定を促す支援ツールとして、英国のビジュアル・コミュニケーション・エイド社が販売しているのが、こちらのメニューブックです。認知症のある方が絵を見ながら食べたいものを指差し、介護者へ簡単に意思表示が出来るビジュアル冊子です。メニューブックは主にケアホームで活用することを想定されていますが、食事の他にも、洋服、屋内・野外のアクティビティーに必要なアイテムなど、イメージを介したツールのバリエーションが増えれば、認知症の方への意思決定支援を更に広げることができるでしょう。
【ヒト・組織】Visual Communication Aid
【エリア】英国|タドカスター
【出典】Care Sector Menu Book
【関連する生活課題】献立・レシピ
【該当する64心身機能障害アイコン】
7. 認知症のある方のためのレシピ本「Cooking for People with Dementia」
「認知症フレンドリーなフルコース」ができる程の料理レシピがまとまっている書籍です。飲み込む力が弱い人にも適した料理、フォークやスプーンを使わずに食べられる料理「フィンガーフード」などを、アイコン付きで分かりやすく解説しています。食間に食べられる軽いスナック、ひとつの鍋で調理できる簡単なスープやシチュー、バリエーション豊かなメインディッシュとデザートなどの料理レシピのほか、認知症のある方をサポートする調理器具(強度の高いハケ、スプーン型の電子計量器など)や、食器の下部に取り付けられるノンスリップマットなど、調理や食事に役立つツール情報も得ることができます。
【ヒト・組織】Claudia Menebroecker, Joern Rebbe
【エリア】ドイツ|ノルダーシュテット
【出典】Cooking for People with Dementia
【関連する生活課題】献立・レシピ、食事の準備、調理工程、味・味付、食器
【該当する64心身機能障害アイコン】
次回のケーススタディ編は「衣」をテーマに、認知症のある方を助ける服のデザインや、女性に偏りがちなファッション領域のサービスに一石を投じる動きをご紹介いたします。どうぞお楽しみに。