認知症+DESIGN

認知症のためにデザインは何が可能か

デザイン理論研究・国内外のデザイン事例分析・フィールドワークを通じて、認知症の方々が暮らしやすい社会の実現のためにデザインが果たすべき役割を考えます。

vol. 6

ケーススタディ編④『遊とデザイン』

〜認知症にやさしい屋外・屋内の遊び〜

 認知症のある方の生活をより豊かで笑顔に満ちたものにするには、「遊び」の要素は無視できません。「遊び」を生活に取り入れることで、刺激や喜びが少ない自宅や施設環境に変化をもたらし、周囲との関わりを増加させるきっかけが生まれます。今回は、認知症のある方がどうやって遊び楽しむか、国内外から7事例をご紹介します。

1. 施設も公演内容も 認知症フレンドリーな劇場「リーズ・プレイハウス」

 2014年に英国初の認知症フレンドリー演劇「ホワイト・クリスマス」を上演したのが、英国北部にある劇場「リーズ・プレイハウス」です。2015年には「TOUR DE BERYL」、2016年は「チキチキバンバン」、最新2020年は「オズの魔法使い」と、認知症フレンドリーな舞台公演を毎年開催しています。
 舞台の光や音の具合、演者の穏やかな動きなど、舞台演出そのものが認知症のある方でも楽しめる演目内容と、認知症フレンドリーであることを伝えるマークを演目案内に掲載しているのに加え、劇場内の空間やハード面にも様々な工夫が凝らされています。座席からの見やすさはもちろん、音の大小や光の強さに合わせて、鑑賞者が自由に行き来できる空間になっており、劇場内のサインも鮮明でわかりやすくなっています。
 また、一時退席して休憩できる「クワイエット・ルーム(静かな部屋)」を備え、認知症のある方への対応を学んだスタッフとボランティアがサポートします。
 2018年には、認知症のある方々が舞台の鑑賞者になるだけではなく、舞台をキュレーションし演じる側にまわるフェスティバル「エブリ・サード・ミニッツ(Every Third Minute)」が開催されました。英国では「3分ごとに誰かが認知症のある生活を始めている」という意味がタイトルに込められています。
「エブリ・サード・ミニッツ」の舞台は、認知症のある方とそうでない人がチームを組み、地域のケアホーム(施設)と連携しながら練習やリハーサルを重ね、作り上げられています。この取り組みは、認知症のある方が舞台の決定権を持った時に、認知症がテーマの舞台はどう語られるのか?という疑問からはじまった挑戦でした。新たに制作された4つの演劇、4つのトレーニングプログラム、16のワークショップや講演などで構成されたフェスティバルは7,500名を動員し、認知症のある方々が喜びと達成の瞬間を家族と共有し、そして自分自身を表現する機会となりました。

2014年から認知症フレンドリーな舞台公演を続ける、英国北部の劇場「リーズ・プレイハウス」 ©Leeds Playhouse

2019年秋冬の認知症フレンドリー公演は「オズの魔法使い」©Leeds Playhouse

【ヒト・組織】リーズ・プレイハウス(Leeds Playhouse)
【エリア】英国|リーズ
【出典】リーズ・プレイハウス
【関連する生活課題】芸術鑑賞、創作活動、居場所
【該当する64心身機能障害アイコン】

2. ハラハラ、ドキドキの冒険をサポート 「ディメンシア・アドベンチャー」

 認知症のある方の家族や介護者は「安全な生活」を最優先にするあまり、普段起こり得る様々なリスクや、認知症のある方の挑戦の意志を排除してしまいがちです。「ディメンシア・アドベンチャー」は、自宅や施設に閉じこもりがちな認知症のある方々に、それぞれの状況に応じた旅と冒険を提供し、興奮と挑戦する気持ち、自然とのふれあいを家族と一緒に味わってもらうサポートを行っています。例えば、一般的なグループツアーに参加する際には、移動のテンポが速すぎて付いて行けなかったり、出される食事の飲み込みがうまくいかない、グループの雰囲気に馴染めないなどの困りごとが生じることがありますが、認知症の症状・進行具合に応じた旅のアレンジと、進行サポートを行ってくれるため、そのような心配がありません。
 ディメンシア・アドベンチャーの公式YouTubeには、ロープウェイやラフティングなどを楽しむ様子が紹介されており、認知症があってもこんなことまでできるの?!と驚くとともに、それまで持っていた「認知症があるから無理」という思い込みに気づかされます。公式YouTubeの動画を眺めていると、アクティビティーを楽しんでいる認知症のある方ご本人と、そのご家族達の嬉しそうな笑顔に、こちらまで楽しい気分になってきます。
 慈善団体アビーフィールド・ソサエティと行った認知症プロジェクト「ブレス・オブ・フレッシュエア 2016」では、屋外の自然とのふれあいが心身の健康を高めるとの数値評価が示されました。このプログラムに参加した方々の孤独感は77%から11%に減少、7時間以上の睡眠が55%から88%に増加、食欲が66%から100%に増加するなど、多くの項目で改善傾向があらわれています。

様々な冒険旅行を楽しんでいる様子。ディメンシア・アドベンチャーのInstagramより ©Dementia Adventure

【ヒト・組織】ディメンシア・アドベンチャー(Dementia Adventure)
【エリア】英国|サセックス
【出典】ディメンシア・アドベンチャー
【関連する生活課題】スポーツ、旅行、散歩、ジョギング
【該当する64心身機能障害アイコン】

3. 2人乗りサイド・バイ・サイドバイクや、トライク(三輪車)で サイクリングを楽しむ「ポジティブ・スピン」

 65歳以上の高齢者や、認知症のある方が自転車に乗るという発想が、日本はもちろん、英国でもそれほど浸透していないなか、オランダでは65歳以上のサイクリストが23%、デンマークでは13%もいるそうです【参照1】。
 認知症のある方への英国のサポート組織 For Brian CICの創設者であるクレア・モリス氏は、認知症のある方は5分前の会話を覚えていることが難しい場合があるにもかかわらず、1週間前に習ったヨガのポーズは覚えているという場面に頻繁に遭遇し、認知症が体を動かす行程やプロセスの記憶にはそれほど影響していない可能性があると気づきました。「ポジティブ・スピン」は、このことがきっかけで始まりました。
「ポジティブ・スピン」は、主にロンドンの公園で、ボランティア・スタッフと一緒に安全な2人乗りのできるサイド・バイ・サイド・バイクや、トライクと呼ばれる三輪車に乗り、時には道路に出て、グループ・サイクリングとピクニックを楽しむなどのプログラムを提供しています。自転車に乗れるということは、自分の意志で行きたいところに行き、思い思いのスピードで風を切りながら前に進む、自由と喜びを与えてくれます。認知症のある方の日常は、リスクを避ける活動が多くなりがちですが、サイクリングで日光を浴び、筋肉や肺機能の衰えを防ぎ、快適な睡眠を促す機会と生活のリズムを保つきっかけ【参照2】を与えてくれることでしょう。

【参照1】Positive Spin: Enabling people with dementia to feel ‘free and happy’ by cycling

【参照2】e-ヘルスネット

トライクと呼ばれる三輪車で、サポーターが隣に乗ってサイクリングを楽しむ「ポジティブ・スピン」の活動。 © For Brian

【ヒト・組織】サイクル・トレーニングUK、フォー・ブライアン(Cycle Training UK, For Brian CIC)
【エリア】英国|ロンドン
【出典】サイクル・トレーニングUKフォー・ブライアンUK
【関連する生活課題】スポーツ、散歩
【該当する64心身機能障害アイコン】

4. アート作品と過去の記憶をつなげる対話型プログラム「アートリップ®︎」

 日本国内でも、認知症のある方がアート鑑賞と対話を楽しむ、「アートリップ」と呼ばれる独自のプログラムが、ニューヨーク近代美術館MoMAのプログラムをもとに開発されています。
「アートリップ」は、一般社団法人アーツアライブの林容子氏が、認知症のある方とその家族、介護士を対象に、ニューヨーク近代美術館で行われていたプログラム「meet me at MoMA」を視察したことがきっかけで、MoMAの協力のもと、日本で開発されました。プログラムは、進行役のアートコンダクターが館内を案内し、アート作品を参加者全員で見ながら、ともに対話を深めていくというものです。例えば、モネの「サン・ジョルジュ・マッジョレー 黄昏」を鑑賞中に、90歳の女性が「観音様がみえる」と口にしたとします。実際に描かれているのはベネチアの修道院の島ですが、絵を見て感じる心は、みな自由で創造的です。「観音様がみえる」という言葉から、その方自身の経験や過去のストーリーにもつながり、普段は口数の少ない認知症のある方でも、参加グループのなかで次々に発言と対話が生まれるのが「アートリップ」の醍醐味です。多様な世界観や価値観をもっている1枚の絵や、アートだからこそ、鑑賞者に新しい発見、気づき、驚き、喜びをもたらしてくれるのでしょう。
 現在「アートリップ」は、国立西洋美術館、国立新美術館、東京ステーションギャラリーをはじめとする美術館、また高齢者施設、認知症カフェなどでも実施されています(詳しくは公式サイトをご覧ください)。「アートリップ」という名の脳内の旅で、認知症のある方は心が元気になり、またその様子を見たご家族や介護士の方にも、普段の介護生活からは得られない気づきや発見を沢山もたらす体験を提供してくれます。

美術館で認知症のある方とご家族を対象に対話型アート鑑賞プログラム「アートリップ」を行う、一般社団法人アーツアライブの林容子氏。 © Arts Alive

【ヒト・組織】一般社団法人アーツアライブ
【エリア】日本|国内の美術館・高齢者施設・認知症カフェ
【出典】アートリップ®︎
【関連する生活課題】芸術鑑賞、会話、思い出
【該当する64心身機能障害アイコン】

5. 光によって動きと刺激を与えるテーブルゲーム 「トーバータッフル」

「トーバータッフル」は、オランダのアクティブ・キューズ社で開発された、認知症中等度〜重度の段階にある方々のためのインタラクティブ・ゲームです。高品質の箱型プロジェクターをテーブルの上の天井に取り付け、カラフルなオブジェを投影し、ゲームを展開します。単独でも複数人でも遊ぶことができる為、自宅でも施設でも使用可能です。ゲーム中は、投影されたオブジェが手や腕の動きに反応しながら動き変化するため、認知症のある方の身体的活動と認知活動の両方を刺激し、社会的なコミュニケーションを促進します。
 トーバータッフルを生みだしたヘスター・アンデリセン氏は、デルフト工科大学の博士号論文で、「介護施設にいる認知症のある方の約90%が、いろいろなことに興味関心を持てないでいることに苦しんでいる」と指摘しています。トーバータッフルの目的は、身体活動と社会的相互作用を刺激するゲームを開発し、認知症のある高齢者が受け身でいるだけの状態を減らすことでした。アンデリセン氏は、「Research by Design」と呼ばれる科学的なリサーチと、認知症のある方とのCo-Design(共創:詳しくは「研究編①共生のためのデザイン70年の道程」)を基調としたプロセスで、トーバータッフルをデザインしています。

【上】色を強調し、視覚が弱い方もプレイ可能なゲーム「Flowers*」
【下左】身体的活動を促す要素の強いゲーム「Leaves」
【下右】足りない文字を探し出すゲーム「Wordsmith」
©Active Cues

【ヒト・組織】アクティブ・キューズ(ACTIVE CUES)
【エリア】オランダ|ユトレヒト
【出典】Tovertafel
【関連する生活課題】会話
【該当する64心身機能障害アイコン】

6. ふたを開けるだけ。「シンプル・ミュージック・プレイヤー」

「シンプル・ミュージック・プレイヤー」は、これ以上ない単純な操作方法で、認知症のある方が好きな音楽を好きな時にかけることができる音楽プレイヤーです。馴染みの音楽をかけることによって、気分が明るくなり、刺激の少ない退屈な時間が一変します。音楽をかける操作は、本体上部にある開閉型のふたを開くだけ。ふたを閉じると、音楽も止まります。ふたの中の丸いボタンを押すと、次の曲が流れます。かつてよく聞いていた曲をインストールしておけば、認知症のある方が自分で操作し、自立した楽しい時間を持つことができます。
 認知症のある方にとって通常の音楽プレイヤーは、ボタンが小さく操作しづらかったり、ボタン数が多いためどのボタンを押すとどうなるのか分からなくなってしまうことがよくあります。シンプル・ミュージック・プレイヤーなら、明らかにその心配はなさそうです。

好きな音楽を好きな時にかけることができる、操作がこれ以上なく簡単な音楽プレイヤー。 © E2L Products Ltd

【ヒト・組織】E2L Products Ltd.
【エリア】英国|モンマス
【出典】シンプル・ミュージック・プレイヤー
【関連する生活課題】芸術鑑賞、カラオケ・歌唱
【該当する64心身機能障害アイコン】

7. 水で完成するぬり絵「アクア・ペイント™」

 英国アクティブ・マインズ社が開発した「アクア・ペイント」シリーズは、認知症中等度〜重度の方々に適した、水だけで完成するぬり絵ツールです。紙は真っ白ですが、水をぬると鮮やかな色調の絵があらわれます。また、主だった絵柄の輪郭が太く黒い線で描かれている為、完成した状態が予測しやすく、どこに筆を入れるべきか分かりやすくデザインされています。ぬり絵が完成しても、どうか捨てないでください。絵が乾くと再び白い紙にもどり、ぬり絵を繰り返し楽しむ事ができます。
 アクティブ・マインズ社のオンラインショッピング・サイトでは、このぬり絵の他にも、認知症のある方を対象にデザインされたゲームや連想カードなどを販売しています。子供から大人まで一緒に楽しめそうな、デザイン性の高いプロダクトが魅力的です。

水を塗ると完成するぬり絵「アクア・ペイント」。 © Active Minds

【ヒト・組織】Active Minds
【エリア】英国|ロンドン
【出典】Aquapaint™
【関連する生活課題】創作活動
【該当する64心身機能障害アイコン】