認知症+DESIGN

認知症のためにデザインは何が可能か

デザイン理論研究・国内外のデザイン事例分析・フィールドワークを通じて、認知症の方々が暮らしやすい社会の実現のためにデザインが果たすべき役割を考えます。

vol. 5

ケーススタディ編③『移とデザイン』

〜認知症にやさしい公共交通機関・バス・タクシー ほか〜

今回の認知症にやさしいデザイン ケーススタディは、公共交通機関・バス・タクシーなどの「移動」がテーマです。

安心して外出できる移動手段は、認知症のある方々の外出機会、運動機会を増やすのみでなく、社会的で豊かな人間関係を保つ上で重要です。ところが認知症があることで、行き先が思い出せなかったり、機械操作がうまくいかずに切符が買えなかったりと、現在の移動環境には様々な困難がある事に気づきます。このコラムでは、オーストラリアや英国などで車や電車・バスなど様々な移動手段で実践されている、認知症にやさしい移動環境6事例をご紹介します。

1. 年金生活者専用の交通ICカード「オパール・ゴールド・カード」

 オーストラリア ニューサウスウェールズ州(州都はシドニー)の公共交通機関(Transport for NSW)は、2014年から年金生活者が1日2.5ドルで全ての公共交通にアクセスできる「オパール・ゴールド・カード」のサービスをスタートさせました。「オパール・ゴールド・カード」は日本の交通ICカードにあたるものですが、違いは、年金受給者証明書を添えてカード申請し、取得すれば、駅で券売機の場所を探したり、長い列に並んだり、券売機のボタン操作や紙幣の挿入に悩んだりする必要なく、改札口にカードをかざすだけで、その日は2.5ドルの課金で全ての乗り物が乗り放題になることです。認知症のある方の中には、券売機で切符を購入するのが困難な場合もある為、乗り放題の交通ICカードなら、目的地によって切符を購入する必要も無くなり気楽です。さらに、「オパール・ゴールド・カード」で、シドニーの街なかの電車やバス、路面電車はもちろん、貝殻のような建築で有名なオペラハウスを望むフェリー(F4 Cross Harbour)も乗れてしまいます。高齢者の方々の「外出したい」という気持ちを、一層後押しくれるのではないでしょうか。

1日2.5ドルで、オーストラリア ニューサウスウェールズ州の公共交通機関全てにアクセスできる「オパール・ゴールド・カード」 © Transport for NSW

【ヒト・組織】ニューサウスウェールズ交通(Transport for NSW)
【エリア】オーストラリア|ニューサウスウェールズ州
【出典】オパール・ゴールド
【関連する生活課題】電車、バス、駅、券売機、切符、交通ICカード、お金の出し入れ
【該当する64心身機能障害アイコン】

2. 運転手がドア to ドアで移動をサポートする「ダイアル・ア・ライド」

 ロンドンは「チューブ」という愛称で親しまれている地下鉄や、街の名物にもなっている赤い2階建てバスなど、公共交通網が充実した都市のひとつです。しかしながら、ロンドンの公共交通サービスをひとりで利用することが難しい、85歳以上の高齢者、障害者、認知症のある方が利用したい場合は、どうしているのでしょうか。ロンドン交通局は、メンバー登録制のドア to ドアの小型バス運行サービス「ダイアル・ア・ライド」を展開しています。
「ダイアル・ア・ライド」は、事前登録した85歳以上のロンドン在住者および短期滞在者、障害者、認知症のある方が、買い物・医療機関への移動・友人を訪問などの用途(送迎手段のあるデイケアセンター通いや通学などは除く)で、このサービスを利用することができます。しかも料金は無料。電話かメールで、希望日時や行き先を伝えて予約すると、障害者サポートのトレーニングを受けた運転手が自宅まで迎えに来て、乗客を丁寧に目的地まで運んでくれます。この小型バスには、車椅子でもゆったり入れる入口やスロープ機能が設けられ、車内も数名の乗客がゆったり座れるレイアウトにデザインされています。
 認知症のある方は、乗り物に乗り入るときの段差やギャップが恐く感じるなどの理由で、乗り降りに時間がかかる場合がありますが、「ダイアル・ア・ライド」なら、訓練を受けたドライバーが乗り降りを手伝ってくれるので安心です。予約制の為、他の利用者と乗り合いになることはあっても、混み合って座れない心配もありません。「ダイアル・ア・ライド」は、地下鉄・バスなどの公共交通と、車・タクシーなどのプライベートな移動手段の良いとこ取りした移動サービスと言えます。

ダイアル・ア・ライド

85歳以上の高齢者、障害者、認知症のある方が無料で利用できる、メンバー制のドア to ドアの小型バス運行サービス「ダイアル・ア・ライド」 © Transport for London

【ヒト・組織】ロンドン交通局(Transport for London)
【エリア】英国|ロンドン
【出典】ダイアル・ア・ライド
【関連する生活課題】電車、バス、目的地、乗り換え、階段、駅、運転その他
【該当する64心身機能障害アイコン】

3. 英国アルツハイマー・ソサエティと連携した「キンチ・バス」

 2018年と2019年に英国アルツハイマー・ソサエティと提携し、認知症にやさしいバスサービスに取り組んだのが、ラフバラーを拠点にしている「キンチ・バス(Kinch Bus)」です。認知症のある方がバスの乗車を避ける原因として、大通りから外れた分かりにくい小道にバス停があったり、バスが混雑して座れない、などの理由が挙げられます。キンチ・バスの運転手は研修を通して、バス乗車中に認知症のある方に困りごとが生じた際、どのような手助けが必要かを学び、実践してきました。そのような取り組みから信頼関係を築き、認知症のある方が外出する機会を失って孤立しない様、バス会社の立場から環境を整えています。 
 また2018年〜19年の2年間、キンチ・バスはアルツハイマー・ソサエティの活動資金獲得にも取り組んできました。活動資金は認知症カフェの改善や、リサーチ、認知症を取り巻く環境に変化をもたらす為の資金として、活用されています。移動サポートと資金サポートの両輪で、認知症にやさしい社会へ取り組む「キンチ・バス」。今後の活動にも期待しています。

Kinch Bus

英国アルツハイマー・ソサエティと提携(2018-19年)し、認知症にやさしいバスサービスに取り組んだ「キンチ・バス」 © trentbarton

【ヒト・組織】トレント・バートン(trentbarton)
【エリア】英国|ラフバラー
【出典】キンチ・バス News
【関連する生活課題】バス、目的地
【該当する64心身機能障害アイコン】

4. 移動中のいざという時に「ヘルプ・カード」

 たとえ小さな1歩でも、周囲の協力を得やすくなる事で大きな安心につながる事例が「ヘルプ・カード」です。「ダイアル・ア・ライド」を運営するロンドン交通局でもこのカードを公開・提供しているのを筆頭に、国内外さまざまな場所や交通機関で展開されています。日本でも東京都保健福祉局の「ヘルプカード」を入手し、裏面に移動時に困りやすい事を記入しておくと、いざという時に多くの言葉を必要とせず、カードを見せながら周囲に助けを求めやすくなります。
 認知症未来共創ハブの人気コラム「認知症の歩き方」(column06 ミステリーバス〜行くあてのないバスからあなたは降りられるか?〜)でも、認知症のある方ご本人が独自に作ったヘルプカードや、ヘルプマークを持つ際の工夫が紹介されています。

いざという時に多くの言葉を必要とせず、カードを見せながら周囲に助けを求めやすくなる「ヘルプカード」
※写真は現存するヘルプカードを参考に作成したもので、東京都福祉保健局のヘルプカードとは異なるものになります。

【ヒト・組織】国内外問わず、独自の取り組みが展開されています
【エリア】国内外問わず、独自の取り組みが展開されています
【出典】ロンドン交通局のヘルプカード東京都福祉保健局のヘルプカード
【関連する生活課題】電車、バス、目的地、駅、乗り換え
【該当する64心身機能障害アイコン】

5. 地域で高齢者の移動をサポートする「コミュ二ティー・トランスポート」

 コミュニティー・トランスポートは、オーストラリア政府・地域と、毎日数千人規模のボランティア達で支えられている、非営利交通サービスです。車・小型バス・大型バスなど用途やニーズに応じた移動手段で、プロドライバーとボランティアドライバーが対応しながら、高齢者の移動をサポートしています。シドニーに拠点をおくコミュニティー・トランスポート・オーガニゼーション(CTO)は、ニューサウスウェールズ州に多数あるコミュニティー・トランスポートの組織を取りまとめる最上位機関で、活動は25年以上に及んでいます。
 移動を必要としている高齢者や認知症のある方に、個別に対応してくれるのはもちろんですが、手頃な価格の旅行オプションや、1回数ドルで参加できる定期的なグループショッピングも実施されています。高齢者や認知症のある方は、家族を頼らなくても、自分の意思で自分の好きな時に出かけることができます。また移動過程を通じて、乗り合わせた人との出会い、同世代の輪の広がり、孤独な生活に陥りやすい高齢者や認知症のある方の日常生活を、人のつながりであたためてくれる機能も、コミュニティー・トランスポートは担っているのです。

オーストラリア政府と地域がささえる、非営利交通サービス「コミュ二ティー・トランスポート」。高齢者が買い物へ出かける場合もグループショッピングに参加し、家族を頼る必要なく、自分のペースで移動する選択肢を生み出している。© Community Transport Organisation(CTO)

【ヒト・組織】コミュニティー・トランスポート・オーガニゼーション(CTO)
【エリア】オーストラリア|ニューサウスウェールズ州
【出典】コミュニティー・トランスポート
【関連する生活課題】バス、目的地、旅行、居場所
【該当する64心身機能障害アイコン】

6. 移動サービス提供者へ役立つ情報をまとめた「認知症にやさしいタクシーガイド」

 先にご紹介している「ダイアル・ア・ライド」や「キンチ・バス」をはじめ、認知症にやさしい移動手段が世界ではいくつか出現しています。このコラム最後の事例は、認知症にやさしい移動サービスをどう生み出すかに焦点を当て、「認知症にやさしいタクシーガイド」をご紹介します。超高齢社会日本のこれからの移動を考える上で、多くの方々に参考になるような、コミュニケーションの方法やサポートのノウハウがまとまっています。
「認知症にやさしいタクシーガイド」は、2017年に英国北部にある街、リーズの地域コミュニティー「LEEDS OLDER PEOPLE’S FORUM」が作成しました。ガイドはPDFで一般公開されています(英語版のみ)が、ここではポイントをピックアップしながら、ご紹介します。内容は大きく2つに分けられ、①タクシー業界のマネージメント層向けと、②タクシー運転手およびタクシーの電話オペレーター向けになります。

 ①のタクシー業界のマネージメント層に向けたガイドには、「なぜ認知症にやさしい事が、ビジネスに有益なのか?」が、以下の3つのポイントで述べられています。
【1】 認知症のある方や、その方を介護・ケアする方が、認知症にやさしいタクシーのサービスを受けることで、信頼関係が生まれ、常連客になりやすくなります。
【2】 事業のクオリティーやサービスの評価が、ブランドイメージUPに貢献します。
【3】 認知症にやさしいサービスを通じて得た経験が、のちに従業員のご家族にも活かせる場合があります。

 次に、②タクシー運転手およびタクシーの電話オペレーター向けには、認知症のあるお客様へのより具体的な対応方法が、7つのポイントでまとめられています。
【1】 お客様のもとに到着したら、到着を告げるお知らせメールや電話を入れ、車で移動する理由を伝えましょう。
【2】 事前に、車種や車の色を伝えましょう。
【3】 可能であれば、お客様と話をする際、あなたの姿がはっきりと見えるようにしましょう。
【4】 話をする際は、ゆっくりと、はっきり、落ち着いた口調で話しましょう。
【5】 一度に沢山の質問をする事を避けましょう。通常より時間をかけて、返答を待ちましょう。
【6】 ラジオやBGMをかけている場合は、音量を下げましょう。
【7】 お客様に料金や行き先などの情報を繰り返し伝えたり、紙に書いて見せたりする事を提案してみましょう。認知症のある方はその方が理解しやすい場合があります。

 ここではガイドの内容すべてを紹介することはできませんが、道に迷っていたり、行き先が分かっていないお客様をタクシーに乗せた場合にどうすれば良いか、などのトラブル対処法や、そのようなトラブルが起こる理由や背景も丁寧にまとめられ、認知症にやさしい移動を提供する第一歩として、参考になる情報がそろっています。また、プロのドライバーやオペレーターでなくても、認知症のある方とその人を支える方々の日常生活で、実践できるヒントがこのガイドから得られるはずです。

タクシー業界のマネージメント層や、タクシー運転手およびタクシーの電話オペレーター向けに、認知症にやさしいのノウハウをまとめた「認知症にやさしいタクシーガイド」 © Leeds Older People’s Forum

【ヒト・組織】LEEDS OLDER PEOPLE’S FORUM
【エリア】英国|リーズ
【出典】「認知症にやさしいタクシー」ガイドPDF
【関連する生活課題】目的地、会話
【該当する64心身機能障害アイコン】

 今回ご紹介した「移動」の6事例を改めてふりかえると、A地点からB地点に行く移動そのものが問題なのではなく、認知症のある方が身を置く環境と、人からのサポートが主たるポイントだった事にお気づきかと思います。乗車前と乗車後の空間やコミュニケーション、移動を共にする周囲の人々、そして認知症のある方とサポートする人をつなげる連携の仕組みをデザインする事が、認知症にやさしい移動を実現するキーとなりそうです。