新型コロナによる緊急事態宣言と外出自粛の影響で、世界中の多くの高齢者が、周囲との接触や交流機会を失っています。家族の訪問機会も大きく減り、新型コロナへの不安や恐怖を抱えながら、長期間ステイホームの生活を強いられる状況は、「高齢者の孤独」という課題も際立たせているのではないでしょうか。
今回のコラムはステイホームの生活下で、こころも体も健康でいられるためのデザインをピックアップしました。はじめに孤独問題に対応した英国の政策と、孤独問題のチャリティー・キャンペーンを取り上げながら、孤独が健康に及ぼす影響をお伝えします。中盤は、自分で快適で健康な生活を続けるためのサポートアイテムを3つご紹介します。そして最後は、脳の健康に関連する2つの事例をお伝えします。
1. 「1日孤独に過ごすことは、たばこを15本吸うことと同じくらい不健康」英国の孤独問題担当大臣任命と、孤独指標開発
英国政府は、国を挙げて取り組むべき社会問題のひとつが「孤独」と捉え、2018年に世界で初めて孤独問題担当大臣を任命しました。「1日孤独に過ごすことは、たばこを15本吸うことと同じくらい不健康」という言葉は、頻繁に新聞やメディアに取り上げられ、日常生活に「孤独は不健康である」という意識が根付きだしている印象を受けます。孤独問題担当大臣には、現在3代目となるダイアナ・バラン氏が就任し、対策を継続しています。
孤独問題担当大臣による最初の取り組みは、孤独指標開発でした。孤独とはどんな状態なのか? 理想的な孤独でない状態とはどういう状態なのか? 孤独感の測定はどのように行うのか? を、国として定義しています。孤独という捉えどころのない観念を明確に認識することにより、様々な組織団体に対して、それぞれが取り組むべき対策やサービスの開発を促し、孤独の状態を測定可能にすることが、孤独指標開発の目的でした。
孤独指標は、英国政府のWEBサイトで公開されており、誰でもその内容を知ることできます。新型コロナの影響で、世界中の高齢者が孤独な生活を強いられているいまこそ、孤独指標開発をはじめとする戦略的な英国の取り組みに注目すべきなのではないでしょうか。
【ヒト・組織】英国政府
【エリア】英国
【出典1】ダイアナ・バラン孤独問題担当大臣
【出典2】孤独指標開発
【関連する生活課題】居場所、会話
【該当する64心身機能障害アイコン】
2. 慈善団体によるチャリティー・キャンペーン。健康な若者が体を張って孤独を体験する「孤独プロジェクト」
「孤独感は認知機能の低下とアルツハイマー病のリスクの増加、早期死亡につながる」と、先に紹介した孤独指標開発にはっきり記されているのですが、なかなかその実感は湧かず、理解につながりません。そこで慈善団体インディペンデント・エイジは、孤独状態が健康な体にどれだけ影響を与えるのかを示すため、体を張った実験「孤独プロジェクト」を行いました。
その内容は、健康そのものに見える1人の男性が、誰とも会わず、連絡も取らず、スマホもインターネットもない状態でずっと家に籠もって外出しない1週間を過ごし、その様子を映像で記録しています。最初は実験台の男性も、「驚くほど、静かだ」と、少しの笑顔と余裕を見せながら、自分自身を録画しています。数日経つと、「朝起きて、スマホのニュースを見るのは、『テクノロジー』ではなく『世の中とのつながり』を求めているからだ、と気づいたよ」「全く眠れない! 寝られる気分になっていない。始まりも中間も終わりもない、無の連続にいるからだ!」男性は終いに涙目で訴えかけます。このリアルな孤独の記録は、慈善団体インディペンデント・エイジが2017年に発信したなかで、一番再生回数が多い動画になりました。
孤独に過ごす英国人は約900万人おり、その中の約500万人は若者世代という調査結果が発表されています。高齢者ももちろんですが、全世代に向けて「孤独」を軽視するべきではないという警告を、この動画は伝えてくれています。
【ヒト・組織】The Campaign to End Loneliness
【エリア】英国|ロンドン
【出典1】The Campaign to End Loneliness
【出典2】YouTube映像 “The Loneliness Project”
【関連する生活課題】居場所、会話
【該当する64心身機能障害アイコン】
3. 毎日数回行う「歯みがき」を、自分自身で行えるようにサポートする歯ブラシデザイン
食事、歯みがき、トイレなど、毎日必ず行う習慣を生活のリズムをつくり出すきっかけにしたり、気分転換に活用するのも、ステイホームを乗り切るポイントです。特に自分で歯みがきがしっかり出来ることが、よい歯でよく噛む生活につながり、噛むことが刺激となって脳の働きを活発にします。(参照:一般社団法人 日本訪問歯科協会)口の中は大変デリケートな部分のため、家族や他の人に頼ることなく、できる限り長く自分自身で歯みがきや口腔ケアを行いたいものです。そこで、自分自身で歯みがきができることをサポートする、歯ブラシデザインを3つご紹介します。
1つ目は、歯ブラシのグリップ部分が2つに別れた「2ウェイ・イージー・グリップ歯ブラシ」です。握力が弱い方、指先の不自由な方でも、上下のハンドルで手から落ちにくくいデザインになっています。自分の手でしっかり握って、歯をみがく為のサポートをデザインが担っています。
2つ目は、歯ブラシヘッドが左右に広がり、3方向からのびる毛で歯を包み込むように磨ける「スーパーブラシ」です。介護用に開発されたそうですが、幼児用もあります。1回のブラッシングで、歯の内側と外側を効率よく磨けるデザインは、なぜこれが歯ブラシの標準ではなかったのかと思う程、合理的で理にかなっています。
3つ目は、デザインによって歯みがきの動機・モチベーションを補完できそうな「富士山歯ブラシ」です。おめでたい象徴でもある富士山モチーフが、歯ブラシのヘッドからハンドルに至るまで、この小さな歯ブラシ1本に数カ所に渡って施されています。ヘッドは先端に向かうほど細く丸くなっているため、口の中にも入れやすく、赤富士・青富士を表現した毛の上に白い歯みがき粉がのると、ハッキリと色の対比が生まれて視認性が高まります。
認知症のある方で、身体を思うように動かすことがや、空間の認識が難しく、歯ブラシを口の中で動かすことに困難を抱える方もいらっしゃいます。少しでも動かしやすい形や握りやすいデザインは、そうした方々のサポートになるのではないでしょうか。
また、認知症のあるなしに関わらず、歯ブラシのデザイン選択によって、面倒な作業になりがちな歯みがきタイムも少し豊かな時間に変化できそうです。簡単に取り入れられるアイテムとして、プレゼントしてみるのはいかがでしょう。
【ヒト・組織】歯ブラシメーカー各社
【エリア】日本
【出典1】ザイコア・インターナショナル・インク
【出典2】Amazon
【出典3】ファイン株式会社
【関連する生活課題】歯磨き、日課
【該当する64心身機能障害アイコン】
4. 色のコントラストにより、座る位置を示す トイレ空間のデザイン
認知症にやさしいデザインを調査するなかで、一番衝撃を受けたデザインNO.1と言えるプロダクトが、こちらの真っ赤な便座がある黄色いトイレ空間です。きっと著名な画家モンドリアンの美術館があったら、そこのトイレはこの様な色使いかもしれない、と思うようなアート性に満ちたトイレであると同時に、認知症にやさしいという意外なデザイン機能があることが、衝撃を受けた理由なのだと思います。
このトイレ空間は、25年以上前から認知症にやさしいデザインを研究している、スターリング大学の研究所「DSDC(Dementia Services Develop Centre)」建物の一部です。DSDCの建物全体が認知症にやさしいデザイン空間になっていますが、特にトイレはデリケートなプライベート空間になるため、空間の色づかいだけでなく、トイレ配置やサインに至るまで、認知症のある方のために多くの工夫が施されています。
清潔感のある白い空間に、白いトイレ便器を配置すると、認知症によって、細かな色の差異を見分けることが難しくなります。奥行きが正確にわからなかったり、どこに座り、どこで用を足せば良いのか分からない場合もあります。ご家庭ではDSDCの様なデザイン空間を取り入れるのは難しいですが、真っ赤な便座だけであれば、英国の場合オンラインストアで気軽に購入ができます。赤いハッキリした便座の色が、座る位置を示す目印として機能しているのです。
また、認知症のある方は、しばしば抽象的なマークやサインの意味をすぐに想起できないことがあります。そのため、トイレのサインは、写真にあるように、文字とトイレ便器そのもののイラストを併用することが大切です。イラストはよく見かける、男女のシルエットだけでなく、便器のイラストを合わせて使うことで、イラストをみた時にすぐに「トイレだ」と認知しやすくなるそうです。
【ヒト・組織】Dementia Services Develop Centre
【エリア】スコットランド
【出典1】Dementia Services Develop Centre
【出典2】赤い便座のみを販売している、AlzProducts.co.uk
【関連する生活課題】トイレ、サイン
【該当する64心身機能障害アイコン】
5. ベッドサイドで身の回りの必需品をやさしく照らすライト「ナイト・ライト・サーフェス・トレイ」
こちらのライトボックスのような光源の上には、眼鏡や薬、飲料水、携帯電話などの身の回りのものを置くことが出来ます。明るすぎず、じんわりとした光がアイテムを照らすので、起床時にメインライトを点灯しなくても、ベッドサイドに置いておけば、必要なものをすぐに見つけることができます。これにより、「どこに置いたかわからなくなるかも…」という不安を無くし、安らかな睡眠生活を送ることができます。
光源はLEDライトのため、一日中点灯させておいても熱くなりません。ライトの「明るい」「暗い」の調節は、ライトパネル側面にある大きめのボタンで行います。また点灯・消灯は、ライトパネルの縁をタッチするだけで反応します。消灯しても前回の明るさ調節を記憶しています。
このプロダクトをデザインしたE2L社は他にも、「食とデザイン」で紹介したプラッツマットや、「遊とデザイン」で紹介したフタの開け閉めでON・OFFが調整できる「シンプル・ミュージック・プレイヤー」もデザインしています。ナイト・ライト・サーフェス・トレイは、第17回Building Better Healthcare Awardsで、Best Furniture Product賞を受賞しました。
【ヒト・組織】E2L
【エリア】英国|ロンドン
【出典1】Blys by E2L
【出典2】販売サイトAmazon
【関連する生活課題】計算、探し物、小銭、レジ
【該当する64心身機能障害アイコン】
6. ゲームプレイ動画配信で社会とつながる、ギネス認定の90歳超えユーチューバー「ゲーマーグランマ」
自分がゲームをプレイしている動画をユーチューブに配信している、90歳超えの女性が存在します。その名は「ゲーマーグランマ」。チャンネル登録数は52万人(2021年9月現在)を超え、驚くことに『最高齢のゲーム動画投稿YouTuber』としてギネス世界記録に認定(2019年)されました。
動画を見ると、「ゲーマーグランマ」が素早い手つきでコントローラーを操作し、超高齢者イメージとは結びつかない様な過激戦闘ゲームや、アニメーション・ファンタジーゲームをこなしている様子がうかがえます。白髪を品良く束ねた穏やかな高齢の女性と、最先端ゲームというかけ離れた要素をユーチューブ動画で合体していることで、世代を超えたファンを集めている様です。ちなみに筆者の10歳の娘も、「ゲーマーグランマ」をすでに知っていました。
ステイホームの長期化により、超高齢者が社会とつながる選択肢は切実なほど狭くなっています。「ゲームは健康に悪い」という一般常識が根強いなか、PCゲーム歴30年以上の「ゲーマーグランマ」は明朗快活そのもの。動画配信のためにゲーム戦略を考え練習し、お化粧してカメラ前に座り、52万人のオーディエンスがプレイを見ているという緊張感とゲームそのものの楽しみは、元気の源になっているに違いありません。また、世界中からYouTubeに集まる若者達からの称賛や励ましのコメントの数々が、確実に人とのつながりを生み出しています。私達は、そろそろマインドを切り替え、人生100年時代の幸せとは何かという本質を見つめ直す時期に来ているのかもしれません。
【ヒト・組織】YouTubeチャンネル「ゲーマーグランマ」
【エリア】日本|東京
【出典】YouTubeチャンネル「ゲーマーグランマ」
【関連する生活課題】居場所、会話、テレビ、創作活動
【該当する64心身機能障害アイコン】
7. 脳の健康度合いをチェックし、ブレインパフォーマンスを確認できるアプリ「のうKNOW」
「のうKNOW」は、エーザイ株式会社が開発したブレインパフォーマンス(脳の健康度合い)をチェックするアプリケーションです。画面に映し出されるトランプカードへの反応から「反応速度」「注意力」「視覚学習」「記憶」の4項目をチェックします。テストはスマートフォン、PC、タブレットから利用でき、15分ほどで完了します。その後、脳の健康度を示す指標BPI(ブレインパフォーマンスインデックス)が算出され、その人に合ったブレインパフォーマンス維持向上のポイントが表示されます。
内臓の健康度合いを知るための指標は、体重や血圧、血糖値などがあり、筋骨格の健康度合いであれば骨年齢、体力年齢などが広く知られていて手軽にチェックする機会もあります。しかし、ブレインパフォーマンスのチェック機会は医療機関における診察がほとんどで、手軽に利用できるツールや、比較可能な指標はありませんでした。そこでエーザイはオーストラリアのニューロサイエンス テクノロジー企業であるCogstate Ltd.が生み出した認知機能テスト「Cogstate Brief Battery」に基づき、日本においてブレインパフォーマンスをセルフチェックするためのデジタルツール(非医療機器)としての「のうKNOW」を開発しました。
認知症についての様々な研究や認知症のある方本人の声が社会に広まる一方で、認知症についての正しい理解が進まず、それが原因で認知症を恐れてしまうケースが多く存在します。脳の健康状態を客観視でき、脳の健康について気軽に考える機会が生み出されたことは、認知症フレンドリー社会のための大事な足掛かりになるのではないでしょうか。
【ヒト・組織】エーザイ株式会社
【エリア】日本|東京
【出典1】のうKNOW
【出典2】脳の健康に取り組める社会のために、ブレインパフォーマンスアクションの提案を伝える、超高齢化社会の課題を解決するための国際会議動画
【関連する生活課題】検査
【該当する64心身機能障害アイコン】なし
次回のケーススタディ編は、「住」をテーマにお届けします。まちづくりや公園のデザイン、お出かけ時のパートナーになる認知症ドッグ、メイクセラピー事情など、日常生活に密接にかかわる事例をご紹介いたします。