認知症+DESIGN

認知症のためにデザインは何が可能か

デザイン理論研究・国内外のデザイン事例分析・フィールドワークを通じて、認知症の方々が暮らしやすい社会の実現のためにデザインが果たすべき役割を考えます。

vol. 3

ケーススタディ編②『衣とデザイン』

〜認知症にやさしいファッション・化粧・理髪 ほか〜

「衣」は、女性にとって重要なテーマであるとともに、男性にとっても自尊心を保つために、軽視できないものです。
 
 「衣」の領域で認知症のある方が感じる代表的な生活困難には、次のようなケースがあります。無地のTシャツを着る時に、どこから腕を通しどこから首を出せば良いのか迷ってしまうケース、気候に合わせた服選びができないケース、だるくて何もやる気がおきず、髪や髭剃りなど身の回りのケアができなくなるケース…(認知症世界の歩き方 column:002 「服ノ袖トンネル」参照)。今回はこのような課題に焦点を当て、デザインで認知症のある方の生活をサポートするファッション・ブランドから、身だしなみを整えるためのサービス、最新テクノロジー技術まで、広い視野でご紹介します。

1. 着装を容易にする工夫が詰まっているファッション・ブランド「エイブルレーベル」

 ファッション・バイヤーとして経験を積んだケイティ・エリス(Katie Ellis)氏が、英国のファッション・マーケットに、スタイリッシュかつパーキンソン病を患うエリス氏の祖母が抱える着脱問題を解決してくれる服が無いことに気づき、自ら設立したのがファッション・ブランド「エイブルレーベル」です。
 ユニバーサルデザインには7つの原則がある事(参照:認知症+DESIGN vol.1 「研究編①共生のためのデザイン70年の道程」)はデザイン業界では有名な話ですが、エイブルレーベルにも6つのブランドマニフェストが掲げられており、衣類の着脱が困難な人々をサポートするため、アイテムひとつひとつに以下の哲学が息づいています。

〜エイブルレーベルのブランドマニフェスト〜
【1】お客さまは、機能のためにファッションを犠牲にする必要はありません。あなたにぴったりの服は、その人の気分さえも変えることができると、私たちは信じています。着ているものが快適で自信を持たせてくれれば、お客さまには共感いただけるでしょう。
【2】全ての仕事において、私たちは細部へのこだわりを持つことを約束します。人生で大きな違いを生むのは、小さなことです。品質への追求が損なわれることはありません。
【3】私たちは、みな自分自身がそう扱われたいと思うのと同じように、誠実かつ、オープンにお客さまと向き合います。
【4】私たちには、公正で多様性を包括する世界を信じ、教育と啓蒙に努め、平等を守ることを約束します。
【5】私たちは社会貢献を大切にします。 – 誰も他者に与えることによって、貧しくなることは起こりえません。
【6】私たちは、「in-style(格好良く)」、「independence(自立し)」、「inclusivity(多様性を包括する)」、「innovative design(革新的なデザイン)」にある4つの「i」を、行動の指針としています。
「The Able Label」ウェブページ

 エイブルレーベルのアイテムは、認知症のなかでも、衣服の上下がわからなかったり、袖の通し口が見つけられなかったりすることがある「着衣失行」と呼ばれる症状が出やすいケースに効果のあるデザインと言えますが、関節炎や五十肩など加齢による身体への影響や、脳卒中、怪我など、認知症のある方以外でも着替えに課題を抱える人にとっても、対応が可能なデザインになっています。このように、多様な課題を包括的に解決してくれるデザインこそが、真の「インクルーシブデザイン」であると、エイブルレーベルを通して理解できるのではないでしょうか。また、エイブルレーベルのオンラインショッピングでは、巻きスカートの着脱プロセスを丁寧に動画で発信するなど、情報伝達にもきめ細かい工夫があり、脱帽です(参照:エイブルレーベル YouTubeページ Debbie Maxi Wrap Skirt *音が出るのでご注意ください)。

ボタンをつける作業を無くし、マジックテープで機能を代用している前開き型のボーダーTシャツ。認知症のある方にとって、かぶりものは首や腕を通すことが難しく、着脱しづらいアイテムの一つですが、このデザインであれば、Tシャツを着たいという思いを諦めずに夏を楽しく迎えることができそうです。© The Abel Label

色のついたバイアステープで形状を分かりやすくし、ボタン代わりのマジックテープも赤くハイライトされていたりと、スカートの内側に工夫が施されています。© The Abel Label

コートの内側を鮮やかな色のチェック柄にし、コートやえりの形状を分かりやすく理解できるようにデザインしています。© The Abel Label

【ヒト・組織】ケイティ・エリス(Katie Ellis)
【エリア】英国|ケント
【出典】The Abel Label
【関連する生活課題】着替え、身だしなみ
【該当する64心身機能障害アイコン】

2. 靴下の右左を間違えても大丈夫! 認知症を語るきっかけにもなる 「アルツハイマー・ソックス」

 非営利団体アルツハイマー・アムステルダムが2015年に始めた認知症キャンペーンの一環として、デザインされたのが「アルツハイマー・ソックス」です。認知症のある方が靴下を穿く際、指やかかとの部分がどこなのか把握しにくかったり、左右によくあるワンポイント刺繍がどの位置にくるべきかわからなくなったり、そもそもどの靴下がペアになるのか分からない、といった困難が生じます。この「アルツハイマー・ソックス」なら、指やかかと部分が認識しやすいように色分けされていたり、最初から左右が違うデザインなので間違いが気にならず、靴下の悩みも軽くすることが可能です。2015年に初めてお披露目した「アルツハイマー・ソックス」は、オランダのファッションデザイナー、マート・ヴィッサー(Mart Visser)と、実際に認知症とともに生きる本人であったフランス・モレナール(Frans Molenaar)がデザインを手掛けました。片方は真っ青、もう片方はモノクロのボーダーという、左右が全く違うソックスを販売したところ、多くのメディアに注目され、48,000足を売り上げる成功を収めました。その後、毎年新しいデザインが発表されています。
 また、「アルツハイマー・ソックス」は認知症のある方のためだけにあるのではなく、多くの人に認知症を話題にしてもらうという意図で、子供から大人まで豊富なサイズを取り揃えています。認知症がある方々の生活困難を理解するきっかけが、「あなたの靴下は左右がちがうデザインだけど、どうして?」という何気ない会話から生まれたら、もっと気楽に認知症を語れる社会への一歩になるはずです。今年も9月に新たなデザインが発表されました(参照:「アルツハイマー・ソックス」ウェブページ)。「アルツハイマー・ソックス」の売上は、アルツハイマー病のさらなる研究のために寄付されています。

かかと部分やつま先部分の色分けによって、その位置を確認しやすく、認知症のある方が足を通しやすいデザイン。また、左右どちらにはいても間違いにならない絵柄になっています。© Alzheimer Socks

【ヒト・組織】非営利団体アルツハイマー・アムステルダム
【エリア】オランダ|アムステルダム
【出典】Alzheimer Socks
【関連する生活課題】着替え、靴下
【該当する64心身機能障害アイコン】

3. 将来に期待が持てる、未来の「メイクアップシート」

 普段何気なく行っているお化粧という行為は、ファンデーションやリップ、アイカラーなど様々なツールを正しい手順で使い分け、鏡を見ながら自分の顔と手の距離感を把握し、眉や唇のカタチや色など細部をつくって完成するという、改めて思い返してみると大変複雑なプロセスを前提として成り立っています。認知症のある方にとって、このプロセスはとてもハードルが高く、メイクができないことが理由で外出機会が減り、その結果、友人知人との交流機会の減少、日々の楽しみがなくなってしまうことなどが想定されます。
 そのようなメイクの課題を解決する方法として、現在パナソニックが開発中の「メイクアップシート」は、ポテンシャルを大いに感じさせる未来のメイクアップのひとつです。パナソニック「メイクアップシート」は、一人ひとりのお肌の状態に合わせて、日焼けでむける薄皮1枚よりも薄い、ナノレベルの薄膜シートにファンデーション層とコンシーラー層を印刷し、水をつけて肌に密着させる、貼るタイプのメイクアップです。主にシミ・ソバカスなどを目立たなくするソリューションとして開発中のようですが、将来的に認知症のある方々にも応用できるようになったら、きっと多くの方に喜ばれることでしょう。シーテックジャパン2016での発表以降、商品化を進めているパナソニック「メイクアップシート」のこれからの展開に、期待が高まります。

シミ・ソバカスなどを精確にとらえる画像処理の技術、材料化学、インクジェットプリント技術など、パナソニックならではの先端技術の数々が「メイクアップシート」に込められています。© Panasonic Corporation

【ヒト・組織】パナソニック株式会社
【エリア】日本|東京
【出典】メイクアップシート
【関連する生活課題】メイク、身だしなみ
【該当する64心身機能障害アイコン】


4. 認知症にやさしい出張理髪師「レニー」

 レニー・ホワイト(Lenny White)氏は、認知症でお店に行くことができない方々のために、介護施設、デイケア施設、病院などに出向いて調髪を行う、北アイルランド初の認知症にやさしい出張理髪師です。ホワイト氏は、調髪するお客さんの五感に働きかける雰囲気づくりにこだわっています。理髪店特有の赤白に塗り分けた看板柱やビンテージ写真を飾り、小さなジュークボックスからエルヴィス・プレスリー、ディーン・マーティン、フランク・シナトラなど懐かしい音楽を流して、お客さんと一緒に歌い、伝統的な理髪店の髭剃りや、ホットタオルの肌触り、ミントコロンの香りを楽しんでもらいます。
 ホワイト氏は、介護施設のキッチン担当として長年多くの高齢者と関わってきました。そこで気づいたのが、美容院サービスは女性向けに考えれていることが多く、男性の場合は調髪の機会をあきらめている状況でした。ホワイト氏は理髪師免許を取得し、アルツハイマー協会で認知症スペシャリストのトレーニングを受けた後、認知症フレンドリーバーバーとしてサービスを開始。お客さんの声に耳を傾けながら、ゆっくり丁寧に運営されているこの取り組みは、2017年に北アイルランド認知症フレンドリー・アワードを受賞しています。

小さなジュークボックスから流れるエルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラ、伝統的な理髪店を感じさせるミントコロンなど、五感を使って楽しんでもらえるよう、バーバーを演出しています。© Lenny the Dementia Friendly Barber

【ヒト・組織】Lenny the Dementia Friendly Barber
【エリア】英国|北アイルランド
【出典】認知症にやさしいバーバー・レニー
【関連する生活課題】身だしなみ
【該当する64心身機能障害アイコン】

5. 歩行特徴からアルツハイマー病を発見するスマート・インソール「M-CUBE®」

 靴の中に入れるインソールを介して歩行の特徴を測定し、多発性硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病などの神経系疾患を医療従事者が解析して診断できる、スマート・インソール「M-CUBE®」が、コンシューマーエレクトロニクスショー2019で発表されました。人の足裏には何千もの末梢神経が集中し、それらは脳につながっていることから、「一人ひとりDNAが違うことと同じように、歩行パターンも一人ひとり特徴的で、歩行の特長から多くの病気が検出されることが証明されています」と、「M-CUBE®」を生み出したDIGITSOLEの最高経営責任者CEO カリム・オウムニア(Karim Oumnia)氏は語ります。ナンシー大学病院の神経学および神経機能探索部門長であり、現在はナンシーの神経科医長を務めているHervé Vespignani教授と協業しながら目下開発中で、「M-CUBE®」は今年中の販売開始は難しいものの、大きな期待の持てるプロダクトです。
 アルツハイマー病など神経系疾患の早期発見の他、認知症のある方にとっては、例えば「M-CUBE®」から入手できるデータをもとに、毎日適切な運動量があるか、転倒しやすい歩き方でないか、過去データを照らし合わせて歩行習慣が改善しているかなどのチェックも可能になります。歩いているだけで、このような医療診断と生活改善が可能な未来のインソール、早くお目にかかりたいものです。

歩行の特徴を測定し、多発性硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病などの神経系疾患を医療従事者が解析して診断できる、スマート・インソール「M-CUBE®」。※写真は現存する商品を参考に作成したイメージです。

【ヒト・組織】DIGITSOLE
【エリア】フランス|ナンシー
【出典】M-CUBE®
【関連する生活課題】診断・検査・通院・歩く
【該当する64心身機能障害アイコン】