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Masaharu Hayakawa (alias)

年齢:

87 歳 (2019年12月インタビュー時点)

性別:

男性

生年月日:

1932年3月

居住地:

千葉県浦安市

同居家族:

ひとり部屋(サ高住)

職業:

会社員

発症年齢:

75 歳頃

診断年齢:

86 歳

診断名:

レビー小体型
アルツハイマー型認知症様症状(記名力低下)

認知症の評価スケール?Mini-Mental State Examination(MMSE)
国際的に最も広く用いられている本人への質問式の認知症のスクリーニング検査。見当識、記銘力、注意・計算、言語機能、口頭命令動作、図形模写等の認知機能の評価からなり、総得点30点で一般に23点以下を認知症の疑いとする長谷川式スケール(HDS-R)
我が国で広く用いられている本人への質問式の認知症のスクリーニング検査。年齢、見当識、3単語の即時記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語流暢性の9項目からなり、総得点30点で、一般に20点以下を認知症の疑いとする。
:

MMSE 20点台

要介護度?介護保険制度において、心身の状況に応じて判定される介護の必要度。なんらかの社会的支援を要する要支援(1・2)、部分的(要介護1)から最重度(要介護5)の介護を要する要介護の段階がある。<:

要介護3 (As of December 2019 interview (same in May 2020))

介護保険サービス利用:

週2回の入浴、週1回の掃除洗濯リネン交換、週1回入浴洗濯の訪問介護を利用
週1回訪問看護を利用

当事者同士の集まり頻度:

特になし

これまでのあゆみ

1997年(65)

アメリカの大学院留学時専攻した品質保証の分野を生かし、会社員として勤めた自動車会社を退職する(造園、建築の施工関連、長野五輪のジャンプ台設計にも携わる)

1997年(65)

チベット・雲南省へ18人グループで旅行に行った時、竹の雨傘で中国の子が勉強しており、かわいそうだと思い仲間とお金を出し合って学校を作る(去年で18校目になる)
紫峰叙勲を受ける

1997年(65)

中国では楽しむための食事をしており、その精神に惚れ込む。日本で「男子厨房に入ろう会」を立ち上げ、15年ほど続ける

2017年(85)

2月、パートナーが硬膜下血腫により入院したことをきっかけに2人では暮らせないと考え、しかたなくサービス付き高齢者住宅(サ高住)へ住み替える(北九州)。
介護保険や介護サービスなど受け入れられず、他の居住者との交流もほとんどない
自身も脳梗塞を数回発症し、要介護申請をする(要介護1)
認知症の診断は受けていないが、年相応の記名力の低下と医師から言われる
老化しないような身体作りを意識して生活するが、歩きづらさがある

2017年(85)

3月、パートナーの死去により、精神的に落ち込み、北九州で一人では暮らせないことから、
8月、長女が都内のアパートを借り、長女とその娘3人のところへ引越しをする
区分変更をかけ、要介護3の認定を受ける
運動型デイサービス週2、訪問診療を利用する

2018年(85)

I fell multiple times within 6 months.
I could not accept hospital or nursing/welfare use and disagreed with the suggestion to use a wheelchair.
Around this time, my eldest daughter noticed that I was forgetting to turn off the water tap or saying the same thing over and over again. I went to the hospital and was diagnosed with Lewy body dementia.
I did not have dementia and found the situation unacceptable.
As some time went by, my family members became exhausted of being beaten with a walking stick and being dragged into my pace of living. They made the decision to live separately from me.
January: my eldest daughter found a nearby serviced residence for the elderly.
I had a bad impression of the facility in Kitakyushu. I cried and resisted, but my family already could not bear the situation mentally and asked for moving in.

2018年(85)

住み替え当初は、2日に1回長女が様子を見て、部屋の掃除や買い物を済ませる
(週1で長女に会いに来てもらうために買い物お願いする)
本人のことをケアマネがしっかり理解し、だんだんサ高住に馴染んでいく
長女の訪問は2週間に1回へと減る

2020年(87)

1月、ケアマネが本人の不調を発見し、緊急搬送すると、心筋梗塞と誤嚥性肺炎が見つかる

2020年(88)

入院前からだんだんサ高住へ週1回訪問することになっていた長女の負担感、本人の身体の状態の低下から、
8月、サ高住を退去し、長女と2人暮らしのアパートへ住み替える
日中仕事で出る長女が不在の間、ケアマネや訪問介護士と会話することが楽しみとなっている
(訪問リハビリ週1・訪問介護週1。嚥下困難から、+2回ずつ増やすことを医師から提案されている)

人生・生活の喜び

1

発症前後で変わらない喜び

食事をすることが喜び(生きるために食べるのではない)

2

発症前後で変わらない喜び

Traveling to the countryside

3

発症前後で変わらない喜び

毎朝起き抜けにコーヒーの豆もひいて香りと時間を楽しむ

4

発症前後で変わらない喜び

中国から学んだ気学(気心、気遣い)

今後やってみたいこと

生きるために食べると心が貧しくなってしまう気がするので、まずいものは食べたくない。生きている間においしいものを食べたい。
もの忘れが進まないように読書量を増やして努力しています。
謝礼でサ高住のみんなに何が良いものを還元したいと思います。

生活課題

心身機能障害

社会へのメッセージ

Do the very best that I can. To have no regrets, I try not to fall short or feel that I should have done something. That is all that matters.
What is dementia? Instead of a name that some people wonder about or that makes people feel stupid, please come up with a more matching name, such as "thought paralysis" or something. I hope people will work for such a change and make a difference. It will lead to respect for human rights.
(If someone sees the world differently, instead of pushing what you believe to the person,) you should first stand on the same level to understand him/her and then help them learn. You might be talking to people who do not have knowledge or see things differently. It is the same with children or new employees.