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中田哲行

なかた てつゆき

年齢:

58歳 (2018年10月)

性別:

男性

生年月日:

1960年

同居家族:

妻と子ども2人の4人暮らし

職業:

元製薬会社社員

発症年齢:

54歳頃

診断年齢:

55歳

診断名:

大脳皮質基底核変性症

認知症の評価スケール?Mini-Mental State Examination(MMSE)
国際的に最も広く用いられている本人への質問式の認知症のスクリーニング検査。見当識、記銘力、注意・計算、言語機能、口頭命令動作、図形模写等の認知機能の評価からなり、総得点30点で一般に23点以下を認知症の疑いとする長谷川式スケール(HDS-R)
我が国で広く用いられている本人への質問式の認知症のスクリーニング検査。年齢、見当識、3単語の即時記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語流暢性の9項目からなり、総得点30点で、一般に20点以下を認知症の疑いとする。
:

MMSE 29点 (2015年3月)

要介護度?介護保険制度において、心身の状況に応じて判定される介護の必要度。なんらかの社会的支援を要する要支援(1・2)、部分的(要介護1)から最重度(要介護5)の介護を要する要介護の段階がある。:

要介護1 (2018年10月現在)

障害等級(障害者手帳)?障害者手帳は、一定の障害があることを認定するもので、各種支援策が講じられる。認知症で身体に障害がない場合は「精神障害者保健福祉手帳(1級から3級)」、身体に障害がある場合は「身体障害者手帳(1級から7級)」を申請することができる。いずれも1級が重度。:

精神障害者保健福祉手帳 3級 (2018年10月現在)

介護保険サービス利用:

月に4回自宅にて言語聴覚士によるリハビリ
月に1回ケアマネジャー訪問

当事者同士の集まり頻度:

他地域のデイサービスに月2-3回遊びに行く

これまでのあゆみ

2013年(53)

会社への忘れ物が多いことを妻に心配され、病院を勧められるが、嫌で行かないままでいる

2014年(54)

母親の葬儀のとき、何をやるのかわからずぼーっとしており、その様子を見た看護師の親族から病院を勧められる。専門職の人に勧められたため受診するも、詳しいことがわからず、大学病院で再検査を受けることとなる

診断

2015年(55)

大学病院でアルツハイマー型認知症と診断される
準備して臨んだ社内プレゼンで、何を話したらいいか、わからなくなる。今後、進行していってしまうのかなと不安が募る
周りは部下ばかりだったため、誰にも相談できないでいる。上司からは早めに退職金を出すと申し出がある

2016年(56)

会社を退職する
仕事がしたいと思い、会社を辞めるときからハローワークで障害者対象の就職活動をしていたが、約40社を受けて全て落ちる
介護士の仕事セミナーで知り合った認知症本人の会の代表に勧められ、別の地域の本人会議を見学する。楽しそうに笑って話す当事者が多く、その姿を見て「落ち込んでいる自分とは違ってなぜ笑っているのだろう」という気持ちになる
同じ病気の人たちに会いたい、話したいと思い、自分の住む地域で当事者が集まる場所を立ち上げる

2019年(59)

当初診断時はアルツハイマー型認知症と診断されていたが、改めて「大脳皮質基底核変性症」という診断名を告げられる

人生・生活の喜び

1

今は諦めてしまった喜び

散歩をすること

2

発症後の喜び

竹林を手入れする仕事をすること

3

発症後の喜び

DAYS BLG!に行って、同じ認知症の仲間と会うこと

4

発症前後で変わらない喜び

映画館に映画を見に行くこと

今後やってみたいこと

当事者が誰でも、笑顔になったらいい。
孫の顔が見たい。

生活課題

心身機能障害

社会へのメッセージ

会社に対しては、ポジションを落としてもいいが10%賃金を下げるなどして雇用を維持するという方が経済的な面でいい、辞めないほうがいいと思っています。会社から何もサポートがなく、仕事がもうできないかもしれないということは感じました。会社が定年まであなたを雇用するよ、と言ってくれたら今も会社に勤めていると思います。

会社を辞める選択をする前に、支援する人に会えたらよかったです。親身に相談できる人がいればよかった。

就職活動で落ち続けた時は、なぜ認知症というだけで、態度が変わるのかなと思いました。障害で言えば、精神やダウン症など他にもいっぱいあるでしょうと。
そういう方も雇用されているのに、面接でアルツハイマーと伝えると、面接官の中に表情を変える方がいて、当時はメンタルが落ち込んでいるから「できる」ということを伝えることができませんでした。自信を失っていた。一番いやだったのは、採用・不採用の結果すら出さない企業があることでした。

社会に対しては、認知症の人は「何もわからない」とまだ思っているので、それがなくなれば良いと思っています。自分ができることはできるから、それを奪わないで欲しいです。病名だけで、できることまでできないと決めないでほしいです。